仕事で行き詰った時

一つの考えにとらわれる危険

日の出前 花と戯る 番い鳥  

                 

家のそばの並木道は、4月初めに桜の花が満開を迎えました。まだ日が昇っていない時間でしたが、桜の花の中では、番いの鳥が活発に飛び回っていました。 

 さて本題です。

仕事をしていてトラブルに遭遇し、その原因を探っているときや、課題を解決するために方策を考えているときなど、印象の強いことに頭が向かい、そのことにこだわり過ぎて、他の考えが思い浮かばないことがあります。

結局、その考えに基づいてことを進めた結果、思わぬ失敗を引き起こすことになることがよくあります。

堂場瞬一氏は、4年前に起きた殺人事件を題材にした警察小説の中で、その点に触れています。

その殺人事件では、当時担当していた刑事が、犯人の逮捕に際して、一人の容疑者に固執してしまい、他の嫌疑者へ思いが至らず、その容疑者を殺人犯として逮捕してしまいます。

その後の調べで、数年後にその人の冤罪が証明され、最初の判断が大きな間違いであったことが明らかとなりました。

私も、建設現場でトラブルに遭遇したときに、最初の印象を重要視したために、再度トラブルが発生してしまった経験があります。

今回は、堂島俊一氏の作品と私の経験から「一つの考えにとらわれる危険」について、事例を紹介します。

一つの考えにとらわれて他の可能性を排除

堂場瞬一氏の作品「不可能な過去」は、警視庁捜査係シリーズの一冊で、迷宮入りしている事件の捜査にあたる警視庁捜査係のベテラン刑事、沖田と西川が主人公です。

 いつもは、捜査にあたり二人で行動をしますが、今回は、それぞれが別の事件を追うことで話が始まります。

沖田は10年前に起きた殺害事件の冤罪に問われた人の事件を追うことに、また、西川は神奈川県警の所管で起きた4年前の殺人事件の追究に携わりました。

ここで紹介する一節は、西川が担当した事件からの引用です。

4年前に殺人事件が起きたときに、犯人の特定に至らず、迷宮入りしそうになった事件です。

西川は、研修の講師として訪れた神奈川県警での研修の一環として、この事件を取り上げ、県警の刑事とともに犯人の追及にあたりました。

関係者への事情聴衆、昔の調書の精査などを続けますが、これといった決め手を見つけられずにいました。

ある日、追跡捜査係の同僚が、事件で殺された被害者と関係があり、その殺人件に関係を持ちそうな、ある人物、入江を特定しました。

西川は、この情報がこの事件の解決につながる予感を感じたときの彼の発言です。 

 当時の特捜本部は、交友関係の調査の中で入江の存在を割り出したようだった。おそらく、彼女(被害者:益岡仁美)が勤めていたIT系企業に捜査に入り、人間関係を解き明かしていく中で、存在が浮かび上がったのだろう。

昔の恋人——特捜本部がターゲットにしてもおかしくない相手だ。ただし、「現在」の恋人だった篠崎(冤罪を受けた人物)の存在の方がずっと大きく、特捜があっという間にそちらに傾注していったのも不思議ではない。

調書の内容は簡単だった。かって益岡仁美と交際していたことは認めたものの、事件が起きる3年ほど前に別れ、その後は仕事で一緒になるだけの関係だった。

別れて以来、会社以外の場所で二人きりで会ったことはない――特捜では、この証言を得た事情聴取一回だけで、その後は入江のことを調べていなかった。

嫌疑なしというより、篠崎に一気に攻撃を向けたために、エアポケットが生じたようなものだ。こうした失敗はよくある-—-一番怪しい人間に捜査の矛先が向いてしまい、他の可能性を全て排除してしまうのだ。

本来、捜査がスタートした直後は、矢印は何本も出ているものである。しかし太く目立つ矢印が見つかってしまうと、他のものは無視してしまいがちだ。

基本的に刑事というのはせっかち—–とくに捜査に関してはせっかちで、一刻も早く犯人を逮捕することを何よりも優先している。しかも全員が一斉に同じ方向を向きがちで、怪しいと思っても異を唱えるのは難しい。

(堂島 瞬一著 不可能な過去 警視庁追跡捜査係)

 

最初の印象で原因を決め再度のトラブルに

 何回かこのブログで取り上げていますが、この事例も、私が若い時に建設現場で経験したことです。

ダムの付帯設備工事がダム本体工事とは別に、本体の工事が半ばまで進んだ段階で始まりました。

ダム建設の全体工期は決まっており、時間的に設計から工事完了まで、時間との戦いの中での付帯設備の工事となりました。

設計、施工を鋭意進め、その工事も完了し、間もなく湛水が始まりました。

湛水を始めてからしばらく経ったのち、その付帯設備の一部に不具合のあることが判明しました。このため、水位を下げ、そのトラブル箇所の原因調査を行いました。

調査を進めると、明らかに損傷個所と見られる箇所があり、そこがトラブルの原因であろうと、調査にあたった多くの人が考えました。

私もその一人で、工期が迫っていたという精神的なプレッシャーもあり、ここをただ一つの原因と定めて補修工事を行い、再度の湛水を始めました。

しかし、湛水を始めると、前回と同じような水位に至ったときに、同じ個所で不都合が生じていることが判明しました。あのときに、調査をしたのにと思いながら、再度調査を行うことにしました。

今回は、表面的なトラブルに固執してしまった前回の調査方法を反省し、表面的なトラブルに固執することなく、基礎を含めたより広い範囲で調査を行うことにしました。

その結果、トラブルが生じた部分の基礎に弱点があることが判明しました。さらに、ほかに原因はないか調査を進め、他に原因となる箇所がないことを確認したうえで、その基礎部を補強することとしました。

工期的には、ぎりぎりになってしまいましたが、何とか工事を終え、湛水を開始しました。

すると、今回は、今までトラブルをこした水位でも問題は発生せず、無事に湛水を継続することができました。

工期が迫っており、ひとつの原因に固執してしまったために、ほかの原因に目がいかず、その場限りで対応したことで、失敗を繰り返してしまった経験でした。

まとめ

堂場瞬一氏の作品の中の事例、および私が経験したトラブルに遭遇したときの事例を紹介しました。

犯人逮捕など問題を解決しようとしたりしたとき、また、トラブルを早くに処置しようとしたときなど、調べた時の最初の印象が強く残ってしまいます。

そして、そのことに集中してしまうために、他の考えが浮かばなかったり、ほかに目がいかなかったりすることで、本質を見失い、結局トラブルを大きくしてしまうことがあります。

これらの事例のように、難題に遭遇し、大事な判断をする際には、一つの考えが浮かんだとしても、いまいちど冷静になり、ほかに考えがないか頭を使うことが大切であると思います。