上司、リーダーの役割

部下のトリセツ―信頼を獲得する―

日一日と 隣家隠れる 芽吹きどき

 雨が降ったこともあるのでしょうか、三月おわりからの一週間ほどで芽吹きが進みました。少し前までは、林の先の隣の家が丸見えだったのが、今はかすかに見えるだけです。

 

さて、本題です。

 プロジェクトチームのリーダーとしてチームを率いるなど、ある組織の責任者として成果を上げる上で大切なこととして、部下に思う存分働いてもらうことがあげられます。

部下に十分な能力を発揮してもらう上では、いくつか頭において行動しなければならないことがあるかと思います。

その中で、私が、会社生活を通じて大切であったと考えていることに、リーダーとして 部下、もしくはメンバーの信頼をいかに勝ち得るかがあります。

作家、吉村昭氏はその著書の中で、難工事を進める請負側の責任者が、工事を順調に進めるために、いかに作業員の信頼を得ながら工事を進めたかという点に触れています。

私も、部下の信頼を得ることの難しさをいろいろ経験しましたが、その中で、若い時に建設現場で出会った同僚の行動に、その秘訣があることを学びました。

今回は、吉村氏の作品と私の体験から部下の取説として、「部下の信頼をいかに獲得するか」について事例を紹介します。

 

危険を前に自ら手を下す行為

 吉村昭氏の作品「高熱隧道」は、昭和10年代に始まった黒部第三発電所建設工事が舞台です。

発電所施設の上流部から中流部のダム構築および水路・軌道トンネルの工事を担った、 北陸に本社を置く佐川組の根津工事事務所長と工事課長の藤平が主役です。

佐川組が工事を担ったトンネル工事では掘削が数メートルしか進まない中で、切羽(トンネル掘削の最先端箇所)の温度が65度を記録しました。

掘削を進めるうちに、切羽の温度は100度を超える状況となり、トンネル掘削も停滞するようになりました。

そのうち、岩盤内の高温のため、うがった穴に挿入したダイナマイトが自然爆発し、死傷者が多数生じる事故が起きてしまいました。

そのような現場での状況下、日華事変が勃発し、電力のニーズが高まる中で、工事は止められることなく、再会されることとなりました。

藤平課長らは、自然発火を防ぐための方策をいろいろ考え、結局、断熱効果のあるエボナイト管を使用することとし、その中にダイナマイトを入れ、岩盤内の穿孔(せんこう)に入れることにしました。

ここで紹介する一節は、そのエボナイト管により防護されたダイナマイトを、いよいよ岩盤内に挿入する際の、藤平課長と作業員との間のやり取りです。

藤平が事故を防ぐうえでこのエボナイト管がどれだけ有効であるか説明しましたが、前の事故を見た作業員は、誰一人としてダイナマイト挿入の作業を行おうとしませんでした。

 藤平はかれらに近づくと、新しい方法では決して自然発火の危険はないことを熱心に説いた。

(藤平)「県の役人も警察の係官も、これなら心配はないということで許可してくれたんだ。自然発火なんかしないから、安心してやってみろ、やってみろ」

藤平は、親しげにかれらの肩をたたいた。が、人夫たちは、口を閉ざしたまま身じろぎもしない。かれらの眼には、一様に恐怖の色が濃くはりつめていた。

人夫頭が、いきなり人夫の頬を殴った。

「まあ待て、連中がびくつくのも無理はないよ。新しい方法は、おれたちが考案したものだ。おれに責任があるんだから、おれがやる」

———-

藤平は、不安をおぼえながら岩盤にもしきりに水をかけた。その度に、岩盤をはじめるような音を立て、湧き上がる水蒸気が人夫頭の体をつつみ込んだ。

漸く、装填が終わった。

「点火しますよ」

人夫頭は、ふるえを帯びた声で叫ぶと、カンテラの灯で導火線につぎつぎと火を点じていった。たちまち岩盤一面に導火線の眩いまたたきがひろがった。

人夫頭が、走り始めた。

藤平は、ホースを投げ出すと湯の中を駆けた。

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(人夫頭)「うまくいったようですね」

人夫たちの間に立っていた白髪頭の人夫頭が、明るい表情をして声をかけてきた。

「当り前だ、十分に研究してから採用した方法なんだからーーーーー。どうだいお前ら、素人のおれたちでもできたんだぜ。それをお前たち玄人がやれねえことはねえだろ」

藤平は。笑いながら言った。

人夫たちは、互いに照れ臭そうに顔を見合わせていた。

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 藤平は、作為は全くないのだとしきりに自分自身に弁明した。切端に近づきたがらない人夫たちを説得するためには、藤平自身が手をくだして試みなければならない立場に置かれていたのだ。それも、自分の体が四散する危険をおかしてやらなければならない行為だったのだ。

(吉村 昭著 高熱隧道)

藤平のとったこの行為により、藤平は作業員の信頼を獲得し、工事は進み始めました。

 

自ら危地に乗り込み部下の信頼を獲得

 私がダム建設に従事していたときの経験です。

ダムと付帯設備も完成し、水を貯め始めてから付帯設備の一部にトラブルが発生したため、ダム周辺の設備についても点検し、必要があれば補強を行うことになりました。

点検にあたっては、発注者側の技術屋と請負側の技術屋が数班に別れて、担当設備を決めて担当することになりました。

私は、発注者側の現場責任者として、各班の実施状況などを管理する立場にいました。

 難しい設備の点検に、湛水池内に設けた排水管設備がありました。その設備が、正常に機能しているかを見極め、その状況によっては、補強を考える必要がある設備でした。

ただし、管の径がヒトの両肩がやっと通るくらいで、長さが30メートルあり、どのように点検するかが問題となりました。再度の湛水時期が決まっており、時間がない中、至急に調査を実施しなければならない状況でした。

なかなかに対応策が決まらない中、班長を務めていた同僚が、「俺が潜って見てくる」と言い始めました。

回りにいた作業員は、あの人が率先してやるんだ、という顔をして見つめていました。

潜っている最中に問題が生じたときの準備をして、周りの関係者が唖然としている中で、さっさと、管の中に入っていきました。

しばらくして、管から引きずりだされるように出てくると、「管のなかは問題なし。この箇所の補強は必要ない」と、メンバーに向かい言い切りました。

細い管で、それも、中がどうなっているかわからない状況下で、自ら責任者として、その調査にあたった班長に対し、メンバーは驚きとともに、感嘆の声を上げていました。

前から、その班長は指導力がありましたが、その後、班の請負者や作業員の人たちの信頼を獲得し、結局、その後の工事では、調査、補強の実施部隊のリーダーとして、仕事をまとめあげていきました。

なかなかに手を出せそうもない状況下で、自ら率先して、困難に対応したリーダーが、メンバーの信頼を獲得したことを目のあたりにした経験でした。

まとめ

部下に十分能力を発揮してもらうための方策として、まずは、リーダーが、部下の信頼を獲得することが以下に大切かを、事例をもとに紹介しました。

今回の事例で示したように、高熱隧道工事での藤平課長や、私が経験した工事でもある班長の難問題に遭遇したときに、いかに自分自身が前に出て行動する意思をもてるかが、その後の、部下の信頼を獲得する上では重要なことであると思います。