仕事以外で楽しみを得る

心を自在に遊ばせ楽しむ

最近は、65歳まで働くことが普通で、さらに70歳まで働く世界に進みつつあります。

その一方で、会社の仕事にそれまでの生活のほとんどをつぎ込んできた人にとっては、退職後に何をやるかが、その後の生活を潤うものに出来るか否かの分かれ道になっています。

退職後に何をやるかは、まさにその人の自由選択になりますが、その選択肢を考えるのも難しいことがあります。

作家、辻堂魁氏は、その作品の中で、一つのことをなしえた人が、その後、俳諧師として一生を終えることに満足し、残した言葉、「心を自在に遊ばせる楽しさ」を紹介しています。

また、私も、退職前の60歳のときに見つけた趣味を続けることで、仕事を終えた後も、ささやかな「心遊楽」という個展を継続して開いています。

心を自在に遊ばせ楽しむ境地

辻堂魁の風の市兵衛シリーズは、江戸時代末期、渡り用人を職とする浪人、唐木市兵衛が主人公です。

町人に至るまでの人々を対象に、それらの人々に降りかかる難題を、市兵衛が、知恵を働かせ、最終的には、興福寺で鍛えた風の剣を使い、雇人の問題を解決していく姿を描いています。

「待つ春や」では、幕府の台所を支える重要拠点である、武州忍田で策動する、国家老をはじめとした藩の上層部の悪事に巻き込まれた、俳諧師、里景を支える主人公の活躍を描いています。

ここで紹介する一節は、その悪事を市兵衛の活躍で解決することができた里景が、敵との戦いの中で傷を負い、今まさに死んでいこうとする中で、今の心境を語る場面です。

そのとき里景は、急に物覚えがかすんでゆき、身体の力が抜けていくのが感じられた。

そのかすむ物覚えの中で、里景は、春の花の咲く野辺の道を、ひとりの武士の歩む姿を見た。美しい花が野辺一面にどこまでも咲き、その道を武士はゆっくりと歩んでくる。

そよ風が吹きわたり、武士のおくれ毛をそよがせていた。

青空に白い雲がたなびき、鳥影が天高く舞っていた。

花の野辺は静まりかえり、武士は里景を見て、微笑んでいた。

ああ、なんと清々しい笑顔だろう——

里景は思った。

「唐木さん、お供をお願いいたします」

言ったつもりだったが、はっきりしなかった。

里景は動けなかった。

まだ疵が癒えておらず、身体を動かせない。もうずっと動かせないかもしれないのだ。

しかし、そんなことはかまわない。心は自由自在に動くことができる。心を自在に遊ばせれば、これほど楽しいことはない。これほど面白いことはない。

私にはこの花の宴がある。私には俳諧がある。

里景は一句読んだ。

 

武士の 風に立つ野辺ぞ 花の宴

(辻堂魁著 風の市兵衛18巻 待つ春や

仕事を辞め、自由の身になったことでこそ持てる、自由な心の時間を、自在に楽しむことができる何かを見つけることが、退職後の楽しみを見つけるヒントになるのではと思っています。

「あなたは何か見つけましたか」と問われ

60歳になったときだったと思います。半年に1回、社外で開催されるある会議では、いつも隣の席になる人と、昼食時に会話をするのが常でした。

その方が、急に話題を変えて、私に問いかけてきました。

「何か趣味をお持ちですか。私もそろそろ会社を辞める予定で、家内からそろそろ何か趣味でも見つけなさいよ、といわれている」とのこと。

私も特に趣味はなく「私も模索中です」というのが応えでした。

半年たって、その方からまた話がありました。

「とうとう私は見つけましたよ」とのこと。「どんな趣味ですか」と聞いたところ、「以前から仏像を見ることが好きで、今度自分で彫ることにした」とのことでした。

素晴らしい趣味を見つけた話を聞き、私も何か見つけなければと焦り始めました。

ちょうどそのころ家内と奥吉野に旅行に行く機会がありました。奥吉野の霊験あらたかな道を、周りの桜や木々の様子を見ながら歩いていると、俳句が意識することなく出てきました。

それ以来、俳句作りを始めましたが、なかなかにその俳句を理解してもらうことができず、写真を添えてみることにしました。

それを見た家内が、「これなら情景がよくわかるわ」ということで、写真付きの俳句作りを始めました。

旅に出て、赴くままに、頭に浮かんだ句をつくることが何かしら日常の生活の中での楽しみになっていきました。

そんな一句を紹介します。

鰯雲 見下ろす先の 桜島

個展を開催することで継続的な遊びに

私がそのような俳句を作っているという話をある友人が聞きつけ、「自分も俳句を作っているので、一緒に個展をやらないか」という話になりました。

たいして上手ではない俳句を他人に見せることに躊躇しました。

しかし、その友人曰く、心から楽しんでいることをほかの友人にも見てもらい、一緒に楽しもうではないか、ということで、スタートすることになりました。

小規模な小料理屋での個展で、集まるのは、それぞれの友人数人でしたが、1年を通しての俳句作り、個展の準備にと、心楽しく、続けています。

まさに、心に余裕のある時間を使い、気ままに好きなことをやり続けることができたのも、この「心遊楽」の個展のお陰かなと思っています。

まとめ

今回紹介した本を読むうちに、我々が毎年開いている個展の会の名前「心遊楽」の意味をまさに言い表している一節に出会いました。

そこで、今回は、仕事を離れ、遊び心を持つことの楽しみを紹介しました。

仕事を離れる時期が近付いている人を含め、仕事から心を解き放ち、何か心を自由にして、遊び感覚で楽しむことを見つけることも、また、生活するうえでは必要なのかなと、改めて思っています。