仕事で行き詰った時

失敗から学ぶこと

コロナ禍で、世の中の仕組みが大きく変わろうとするとき、事業を見直したり、仕事のやり方を変えたり、チャレンジする機会が増えてきます。

しかし、チャレンジしようとすると、どうしても先の失敗を恐れ、一歩を踏み出すことができないことがよくあります。

このようなときに、心ある先輩は必ず「失敗を恐れずやれ」と進言してくれます。

作家、城山氏も、その作品の中で、先輩社員が後輩に同種の言葉をかけている場面を紹介しています。

私も、若い時に従事したダム建設の現場で、新工法に挑戦した際にトラブルが発生し、プロジェクトに迷惑をかけたことがあります。

しかし、そのとき、大先輩がかけてくれた言葉は、失敗の教訓についてでした。

失敗して初めて慎重になる

小説「鼠」の舞台は、大正7年の8月に焼打ちにあった、鈴木商店です。

小説は、鈴木商店を大商社に成長させた番頭、金子直吉を中心とした、その部下の支配人西川、ロンドン支店長の高畑が主人公です。

彼らが、いかに鈴木商店を拡大させたか、そのような中で、なぜ焼打ちにあったかを、当時のメディア報道に疑問を持つ形で、調べ上げた事実を克明に書きあらわしています。

ここで紹介する一節は、将来を有望視されていた学卒の高畑が、顧客との商売で契約ミスを行い、会社に多大な損害をもたらしたときの逸話です。

大きな損害をもたらし、自分の居場所を失った高畑に対し、その上司である西川が、高畑にかけた言葉です。

入社して一年目、高畑は大きな失敗をした。

取引の秘密を守り電信代を節約するため、そのころすでに電信暗号を使用して取引の取り決めを行っていたが、たまたまハンブルグの取引先との間で使用している電信暗号表を改正し、樟脳取引の数量表についても、符号はそのままで、それまでの五倍の数量をあらわすことになった。

一月一日を期して改正表を使うことになっていたが、新年早々、高畑はうっかりして、以前の数量表で翻訳して受注してしまった。

すなわち、ハンブルグの取引先に対し、樟脳五百函だけ売り渡すつもりで、電文では二千五百函売る約束をしてしまったのだ。取引の証拠となるのは電文だけであり、勘違いしたということは、ビジネスの世界では通らない。

たいへんなことになった。当時は、樟脳不足。樟脳の値がどんどん騰貴しているときであった。

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外国通信部の新入社員である高畑としては、居る場所もない気持であった。言葉も出ないでいる、そんな高畑に、しかし、西川は友人に話すような口調で言った。

人間というものはね、何かまちがいをしでかして初めて慎重を払うようになるものだ。物は考えようだ。今度の間違いは、これだけの損で済んだが、このことがなかったら、もっと大きな損失をすることになったかも知れぬからね」

ただそれだけであった。諭すというより、慰められた。

(城山三郎著 鼠)

 

失敗から学ぶことを諭す先輩

私が30代の頃、ダム建設に従事していたときの経験です。

ダムに付帯する構造物の設計と施工管理を任されていました。コストダウンと工期短縮が強く言われていました。

このため、構造物の構築にあたっては、両条件を満足しうる新工法を採用することにしました。

新工法の採用にあたっては、いろいろな文献を調べたり、外国の事例なども勉強したりし、準備ました。

それらの知見を基に設計が終わり、現場に展開し、構造物が完成しました。ダムも完成し、湛水が始まり、この構造物も水中下に没していきました。

ある水位に達したときに、その構造物にトラブルが生じていることが判明しました。すぐに、水位を下げ、調査をすることになりました。

すると、その構造物の一部に欠陥が生じており、検討の結果、そこがトラブルの原因であることが判明しました。

いろいろ新しい工法については調べたつもりでいましたが、欠陥部に想定以上の荷重がかかることを設計に反映できなかったことが原因でした。

このため、この部分の補強を行い、再度湛水を開始し、無事に湛水を終わらせることができましたが、この補強工事のため、工期は伸び、工事費も増加する結果となってしまいました。

ダムの湛水完了の式典でのことです。

会食の際、隅の方で食事をしている私のところに、本社の役員を務める大先輩がやってきました。

あれだけのトラブルを起こした私は、「あ、これは何かお小言が」かと、緊張していました。

私の席の隣に来て、「まずはご苦労さん」という挨拶から、その先輩の話が続きました。

一度の失敗は、いろいろなことが学べることもあり、よい経験だと思う。そういう意味で、お前はよい経験をしたな。ただし、これを2度、3度すると、周りからの信頼を失うことになるから、その点は注意する必要がある」とのこと。

トラブルで工期が伸びたことも、工事費が増加したことにも触れず、一つの教訓としてしっかり学べという労りの言葉でした。

まとめ

時代が変わろうとするときほど、いろいろな場面で、変化に対応するために多くの人がチャレンジしなければならないことがあると思います。

そのようなとき、失敗を恐れ、立ち止まるのではなく、挑戦する意気込みをもって一歩を踏み出すことが必要です。

挑戦して失敗することで、会社、関係者に損害を与えるかもしれませんが、その失敗から得る教訓は、個人にとって、さらにはその企業にとって、価値を生み出すものになると思います。