今の仕事に疑問がある時

良いアドバイスは人の気持ちを理解することで

人が困っていたり、難題に直面してどのように解決すればよいか悩んでいたりしているとき、こうしたらよいのでは、とつい声が出てしまうことがあります。

口に出した側は、その人のことを思ってアドバイスをしたつもりでいますが、それは相手に対して本当に「思いやり」になっているのでしょうか。

出過ぎたまねと捉えられ、「思い上がりも甚だしい」と思われ、逆に嫌な顔をされることはありませんか。

場面によって、思いやりになったり、思い上がりになったりするようですが、アドバイスをするときにはどのようなことに気をつければよいのでしょうか。

作家、宮部みゆき氏は、その作品の中で、この両者の違いについて、ある若者への年配者の意見という形で紹介しています。

また、私の経験からも、思いやりがあると思われるより、思い上がっているのではと思われる言動をする人が結構多いような気がしています。そして、その原因として、相手の気持ちに思いを寄せず、上から目線での発言に問題がるのではと思っています。

今回は、宮部氏の作品と私の経験から、「思いやり」と「思い上がり」の違いから、人の気持ちに思いを寄せることの大切さを紹介します

その行為、思いやりでなく思い上がり

小説「あやかし草紙」の舞台は、江戸は神田の筋違御門先にある袋物屋の三島屋です。

主人公は、店の主人、伊兵衛の姪の19歳になるおちかです。

三島屋では、ここ数年、百物語を続けています。

一度の語り手は一人で、店の客間で、おちかが聞き手となり、話し手と差し向かいで話を聞くことになっています。

聞いた話は、おちかの胸に収め、決して外に出さないという決まりがあり、「語って語り捨て、聞いて聞き捨て」が、三島屋の百物語の大事な決め事となっています。

今回取り上げた百物語は、「あやかし草紙」と題する話で、三島屋を大得意とする貸本屋の若旦那、勘一が、若いころに経験した不可思議な話です。

勘一の家の商売は貸本屋です。貸本屋を営むうえで、本を写しとる作業は重要なものとなっており、この写本は文字の達者な浪人たちに委託していました。

勘一が15歳の頃、その写本の仕事をお願いする委託先の中に、仕事をきちっとし、周りにも評判の良い浪人、栫井がいました。

栫井は、娘が一人おり、長い煩いの後に亡くなった夫人の薬代のため借金が重なり、日々食べ物にも苦労するという貧しい生活を強いられていました。

ある日、よその貸本屋から、栫井に意味ありげな写本の仕事の依頼がありました。

当初は引き受けることをためらっていましたが、金額の高いこともあり、結局、その仕事を受けることになりました。

その本には昔から、写しを行った者に数奇な運命をもたらすといういわれがあり、その浪人も3年後に、その写本のあやかしに捕らわれ命を落としてしまいます。

ここで紹介する一節は、浪人、栫井が、まだ問題の写本の仕事につく前のことです。

日々のお付き合いの中で、栫井の人間としてのすばらしさを、勘一は認めていました。

そして、なぜ栫井が、そんなにも苦しい暮らしを送らねばならないのか、世の中に憤りを感じ、そのことについて父親と会話をします。

ここで紹介する一節は、父親が息子の思い上がりをいさめる場面です。

それでも、十五の子倅らしい感慨はあった。栫井様のようないい方が、どうしてそんな辛い目にあうのだろう、まったくこの世には神も仏もないのだろうかと。

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(勘一)「手前はぐるぐると思案してしまいました。金はどこから借りておられるのだろう。利子はどれぐらい払っているのだろう。親父も本気で栫井様をお助けしたいなら、その借金を手前どもで肩代わりして、もっと安い利子で貸し付け直すぐらいの親切をしたらどうなんだとか」

言って、勘一は小さく笑った。

「思い詰めましてね。その案を口に出してみましたら、また親父に叱られました」

―――お武家様を相手に、貸本屋風情が出過ぎたことを考えるもんじゃねえ!

 「お前の思いつきは思いやりのように見えるだけの思い上がりだと。それに、栫井様は別に高利貸しから金を借りているのではない。薬種問屋に滞ってしまった薬札をすこしずつ払っているのだから、利子なんぞとられていないと」

そんなら最初からそう言ってくれよと、勘一も怒り返してしまった。

「ただ、思いやりのように見えるだけの思い上がりだという言葉は身にしみました」

(宮部みゆき著 あやかし草紙 三島屋変調百物語伍之続)

この例のように、状況をよく把握しないで、思いやりのあるような言葉を発したと、自分では思っていたものの、思い上がりと思われてしまうことが多いようです。

上司からの思いやりのある言葉でやる気を持ち直す

仕事などで、同僚や部下が困っているときに、どうしたらその人にとって、良いアドバイスとなり、また、その人の気が安らぐのでしょうか。

私も、仕事でトラブルを抱え、その解決に悩んでいたときに、上司からあるアドバイスを得て、ありがたく思った経験があります。

そのときは、技術的に信頼する人が、熱心に私の抱える課題を聞いてくれました。

その上で、自分の経験からすると、このような手が考えられるのではないかと、私の失敗をあげつらうことなく、アドバイスしてくれました。

また、私が別のトラブルに遭遇した際には、静かに私が問題を解決するのを見守ってくれました。これも、大切な思いやりの姿勢だと思っています。

このような経験から、私も、悩んでいる人に出会ったときには、同じように、相手の立場に立って話を聞き、経験から裏打ちされたアドバイスをすることを心掛けました。

結局、相手の立場にたって、まずは話を聞くことで、苦しんでいる人の心が安らかになっていくのではと思っています。

思いやりのある言葉がけ

思いやりのある言葉がけとはどのようなものでしょうか。

作家、山本周五郎氏は、その作品「人情裏長屋」の中で、人情味あふれる言葉の使い方を書いています。

長屋住まいの浪人、松村信兵衛は、面倒見の良い浪人です。長屋住まいの中に、困っている人がいるとそれとなく助けています。

そのときの、松村浪人が、相手にかける言葉です。

(村松は)長屋内で稼ぎ手に寝られるとか、仕事にあぶれて困る者などがあると、さりげなく米味噌を届けさせたり銭をもっていってやったりする。

「どうせ持っていれば飲んじまうんだ、困るときは誰でもお互いさ」決して相手に遠慮や引け目を感じさせないさらっとした態度である

(宮部みゆき著 あやかし草紙 三島屋変調百物語伍之続)

上から目線でのアドバイスは思い上がりに

人が困っているときに、つい言葉をかけてしまうことがあります。しかし、これが相手にとっては何だこんなことを言ってと、逆にいやな思いをさせてしまうことがあります。

これは、思いやりではなく、まさに思い上がりからでた行為と言えると思います。

なぜ、このようなことが生じてしまうのでしょうか、一つには、相手の立場にたって話を聞けないことが原因と考えられます。

また、より大きな原因として、上から目線で、悩んでいる人にアドバイスをすることがあげられます。それでなくても悩んで卑屈になっている人からは、出過ぎたまねをと思われてしまうようです。

まとめ

人が、何かに悩んでいたりするとき、その姿を見て、人はどう行動すべきでしょうか。

出過ぎたまねにならないように、まずは配慮すべきと考えます。

そして、同じ立場にたって、話を聞いてあげることが大切かと思います。

その上で、何か、その人の問題を解決することができるきっかけでもよいからアドバイスすることがあれば、アドバイスをする姿勢が大切であると思います。

最後に、様子をしずかに見ていてあげることも大切な思いやりの姿勢であると思います。