今の状況に不安があるとき

困難を乗り切る味方の存在

     梅雨に入り、朝から雨が降り続くことが多くなりました。外に出る気も起らず、ちょっと昼寝でもと思い、ベッドに横になると、開け放していた窓から聞こえる、屋根をたたく雨音に目が覚めました。 

梅雨の音の 窓やすり抜け 枕元

 それでは本分です。

責任ある仕事に就き、順調に仕事が進んでいるときはよいのですが、多くの場合、解決が難しい課題に遭遇することが多いようです。

そして、このようなときに責任者として仕事を進めていると、つい、自分一人で課題を抱えてしまい、八方ふさがりになってしまうことがあります。

また、課題解決に向かい、自分が正しいと思って進めていても、仕事の関係者をはじめ、 仕事を指示した上司までからも、自分のやり方を批判する意見が出てきて、周り中が敵に見えてきてしまうことがあります。

このような四面楚歌の状態になると、思考が止まってしまい、周りが見えなくなってしまいがちです。しかし、ふっと気を抜いて改めて周りを見回すと、そこには、自分のやり方を信じてくれる味方がいることに気づくはずです。

作家、今野敏氏は、その著書「無明」の中で、部下と二人だけで殺人事件の真相を追っているときに、関係部署や直接事件に関係のない上司からの批判などで、この先の捜査をどのように進めていくか、思い悩んでいる主人公を取り上げています。

私も、建設現場でいくたびかトラブルを抱え、最大のトラブルに遭遇したときには、自分はその場から退いたほうが良いという思いが強くなったことがあります。

しかし、このようなときでも、自分が考える方針に賛同してくれる仲間や上司がいることに気づいた経験があります。

今回は、今野敏氏の作品と私の経験から「困難に遭遇したときでも、正しいことを進めていれば必ず味方が現れる」というテーマについて紹介します。

見方を見出し、信念を貫

小説「無明」は、今野敏氏の警視庁強行犯係・樋口顕 シリーズの一冊です。

高校生が、東京荒川で死亡した事件が発生しました。所轄の北千住署では、発見時の状況と残された本人のメールから自殺と判断しました。

この死亡事件に懐疑的な意見を持つ新聞記者から、自殺と判断することは早計であるとの話を聞き、樋口係長は、その話に検討の余地があることを認め、若手の部下と二人で捜査を開始しました。

捜査を進めるうちに、既に自殺と判断した案件を再度調べ直そうとする樋口に対し、所轄からの執拗な嫌がらせが続きます。

また、警視庁内の本部と所轄の秩序を重んじる上司からも、早々に手を引くべきであるという強い指示が出てきます。

再度調査を開始することに理解のあった直属の上司も、新たに発生した殺人事件にかかりきりとなり、樋口係長は、まさに四面楚歌の状態に陥りました。

そして、殺人の可能性を明示する証言を得はじめたにもかかわらず、自分の信念を押しとおすことを躊躇い、次第に精彩を欠くようになっていきます。

そのような状態の中で、以前、樋口係長が面倒をみた国会議員、秋葉と話をする機会がありました。

樋口係長の正しい道を貫く姿勢、共感を覚えていた議員は、樋口係長の元気のない姿を見て、樋口係長の悩みを聞くのでした。

ここで紹介する一節は、樋口係長が議員に悩みを打ち開けた際に、議員から樋口係長に発せられたアドバイスです。

 (秋葉)「何かあったのかね?」

樋口は驚いて聞き返した。

「え? なぜそんなことをーーーーー」

「精彩がない」

「はーーーーー」

樋口はまじまじと秋葉の顔を見つめていた。

—————

「おっしゃるとおりかもしれません。今、私はやる気をなくしています」

「そうなった原因があるわけだね」

「はい。あります」

————–

樋口は、しばらく考えてから言った。

「四面楚歌のような気分でしてーーーーー」

「周りが敵だらけということだな?」

「はい」

「誰も味方がいないと——」

「そんな気分です」

それからしばらく、秋葉は何も言わずに樋口を見ていた。樋口は、眼を合わせられず下を向いていた。

やがて、秋葉が言った。

「そんなはずはない」

樋口は顔を上げた。

「えーーーーー?」

味方がいないなんてはずはない。どんなときも、必ず味方はいるものだ。政治の世界にいるとね、それこそ、本当に四面楚歌の状況に追い込まれたりする。だがね、そんなときこそ、味方を見つけて大切にするんだ。私はそうしてきた」

「味方を大切にーーーーー」

「何かをやろうとしてそうなったということだな」

「そうです」

「樋口さんのことだ。それはきっと正しいことなんだと思う」

樋口はその言葉に後押しされたような気持になって言った。

「はい。私は正しいことだと信じています」

「ならば、同じように正しいことだと思い、樋口さんの側に立とうという人が必ずいるはずだ。今、樋口さんはきっと、その人たちが眼に入らないような心理状態なんだろうね」

樋口は、しばらく考えてから言った。

「そうですね。たしかに私は、目を閉じて、耳を塞いでいるような気分でした」

「ほら———」

秋葉が笑みを浮かべる。「樋口さんらしさが戻ってきたじゃないか」

味方はいる。それを忘れていた。

(今野 敏著 無明)

秋葉のアドバイスを得て、樋口係長は部下とともに、新たな気持ちで殺人事件の真相を追求していくのでした。

味方を見つけることで困難を克服

これまでもいくたびか紹介しましたが、私がダム建設に従事していたときの経験です。

ダム本体の建設の見通しがたったプロジェクトの工期半ば過ぎに、湛水池からの漏水を抑止する追加の工事が必要となり、その設計の責任者となりました。

2年ほどかけて湛水池からの漏水を抑止する止水工の設計を固め、工事を完成させました。

ダムの工事は既に終わっており、止水工の完成を待って湛水池に水を貯め始めました。

すると、止水工事をしたところの一部でトラブルが発生し、それ以上水を貯めることができず、すぐに原因の調査をし、それに基づいて補修工事を行いました。

工事の完了を待って、直ちに水を貯め始めたところ、同じ個所でトラブルが発生してしまいました。

再度、原因を調査し、補修工事を計画する段階で、上層部の一部から、前回の補修方法を一部見直し、すぐに工事を終えて水を貯めるよう指示が入りました。

プロジェクト全体の工期が迫っており、この部分だけにとらわれている時間がないとの判断でしたが、同じような補修を行えばまたトラブルが発生するのではという懸念が私には残りました。

自分がいる職場の周囲には相談できる人がいない中、他の部所にいた同僚にこの話をすると、「このままでは、また同じことが起こる可能性があると考えるなら、お前が一番信頼する人に状況を話し、相談するべきだ」というアドバイスを受けました。

上層部の意見に逆らうことになる状況でしたが、その上層部に対し意見を言える人の所に行き、私の考えを話すと、「わかった」との返事がありました。

数日すると、それまで強硬な意見を持っていた上層部から「徹底的に原因を調査して対策を講じるように」という指示が出ました。

どうしてそのような方針変更になったかを深く考えず、直ちに入念な調査を実施し、その結果に基づき補修工の設計を行い、工事を完了させました。

再度水を貯め始めたところ、その後はトラブルを発生させることなく、湛水池に水を貯めることができました。

工期が迫っており、上層部から毎日のように、すぐに工事に入るよう指示を受けていたときは、一人で悩んでおり、工事をすぐに終わらせる案にかたむいたことがありました。

しかし、ふと思いついて同僚に話をし、信頼する上司に相談することで、当初考えていた案で工事を行うことで最良の結果を得ることができました。

困難に遭遇したときには、ひとり悩まず、信頼しうる味方を見つけ出すことの大切さを学んだ経験でした。

まとめ

責任のある仕事を任され、いざことにあたると、さまざまな困難が待ち受けています。

そして、その課題を乗り切ろうと頑張っていると、いつしか自分一人きりになってしまった感じがし、さらに、その仕事の遂行を邪魔する人までも出てきて、四面楚歌のような気になることがあります。

さらに、このやり方を推進していけば成果は出るはずと思っていた信念までもぐらつき始めます。

そのようなときは、一度、自分のかたまってしまった頭を解きほぐし、周りの人々を改めて眺めてみることをお勧めします。必ず、応援してくれる味方がいることに気づくはずです。

目標を持って進めていることに共感し、一緒になって苦労してくれる人がそばにいてくれることで、新たに進む道が見えてくるはずです。

私の経験でも紹介しましたが、一緒になって進んでくれる味方を見出すことが大切と思います。

また、その前提として、物事には真摯に取り組み、前向きに課題を解決しようとする姿勢を取り続けることが大切で、そのようなことを続けることでで、周りの人たちの共感を得られるのではと思っています。