仕事で行き詰った時

的確な判断には多様な評価が必要-社長経営からの教訓-

仕事をしていると、ことの大小はともかく、判断すべき状況になることが多々あります。

そして、問題が難しくなるほど、判断で悩むことが多くなることも確かです。こんな判断をして、もし間違っていたら、といった懸念からなかなか判断することができない状況に陥ってしまった人もいるのではと思います。

では、的確に判断するためにはどうすればよいのでしょうか。

ものごとを判断するうえでは、いろいろある条件を評価するための基準が必要です。

そして、偏った判断をしないためには、その評価するための基準を多く持つことが重要と考えています。判断するための視野を多様化するといってよいかもしれません。

作家、浅田次郎氏は、その作品「中原の虹 第一巻」で、判断する場合の評価基準として尺度という言葉を使ってあらわし、自分の尺度を頼りにすることだけでは、判断が間違ってしまう例を紹介しています。

私も、会社の経営にあたったときに、ある方策を推進すべきか否か、判断しようとするときに、多くの視点から判断をする必要のあることを勉強しました。

そして、このことを社員に意識してもらうために、多様な尺度を持つことが大切であると、社員に語ってきました。

今回は、浅田次郎氏の作品と私の社長経験から「的確な判断をするためには、多様な視点から評価する必要があること、そして、評価するための基準として、多くの尺度を持つことが必要」について紹介します。

自分の尺度だけで人の器量を測ることの弊害

小説「中原の虹」の舞台は、中国清朝末期、1900年初めの満州です。

清朝は落日を迎える様相を示し、清に代わる覇権を握ろうと、各地で軍閥が跋扈していました。その中で馬賊の張作霖は、満州地域を武力で抑える大攬把としてその勢力を拡大しています。

その当時の清朝政府の満州地域の総督である徐世昌は、ある事件を通し、張作霖という人物の実態を知ることになります。

自分が今までに遭遇したことない、その人物のスケールの大きさから、今後の清朝の存続の上で、張作霖は、侮れない存在として意識するようになります。

清朝の首都北京では、西太后公天子に成り代わり王朝をおさめています。その西太后公の信任の厚い袁世凱が、軍人として清朝の中で重きをなし、今後の清朝の命運を握る存在となっていました。

徐世昌は、友人として、今後の清朝にとって有用な人物として袁世凱を認めており、張作霖の存在が、今後の清朝の行く末に大きな影響を及ぼす可能性のあることを進言します。

しかし、袁世凱は、徐世昌の話を聞いても、なかなかに張作霖の実体を把握することが出来ない状況でした。

ここで紹介する一節は、そのような自分の考えに凝り固まりがちな袁世凱の姿勢に対し、徐世昌が、自分の尺度で測ることの間違いを諭す場面です。

(袁世凱)「かまわんだろう。それほど(張作霖が)将軍の地位が欲しくばくれてやる」

「ちがうんだ、慰庭(袁世凱の呼称)。奴は出世など目論んではいない。もともとがそういう主義の人間ではないのだ。きみの尺度で人を測ってはいけないよ

ひごろから冷静沈着な徐世昌、話すほどに興奮をあらわにした。その表情は心なしか青ざめて見える。きみの尺度で人を測るなという言い方は癪だが、たぶん徐は、おのれの尺度にも合わぬ人間に出会ってしまったのだろう。

「落ち着け、菊人(徐世昌の呼称)。つまり張作霖という男は、出世主義者ではないのに将軍の地位を欲しているというわけだな。だとすると、奴の狙いはいったい何だというのだね。要するに、それもまた遥かなる目的を達成するための布石だと——」

袁は言い切らずに口を噤んだ。もしとっさに閃いた勘が正しければ、これは恐ろしい話だ。

「あの男は、満州を乗っ取るつもりだぞ」

徐世昌は袁の勘を言い当てるように声を殺した。

(浅田次郎著 中原の虹 第一巻)

張作霖という、スケールの大きな人物に会った徐世昌は、人を評価するうえでの今までと異なった尺度を手に入れました。そのことを友人である袁世凱に伝えましたが、自分の考えに固執する袁世凱には、この尺度は理解できなかったようです。

会社経営にかかわる課題の判断時には多くの物差し(尺度)を活用

50代後半頃から、会社役員として会社の経営に関わることになりました。

会社を経営していくうえでは、利害関係を有する多くのステークホルダーを意識する必要があります。

私が、土木建築関係のコンサルタント会社の社長になったときのことです。

そのころ、その会社の成長が危ぶまれていたこともあり、持続的な成長を目指して会社の変革を迅速に進めるコットにしました。

その会社の変革を進めるときに、大事なこととして考えたことが、変革を進めることによるステークホルダーへの影響でした。そして、その中で一番に意識したのが会社で働く社員のことでした。

変革を進めるためには、基本的な方針を立て、実際に会社を動かす社員に、その基本方針を理解し、納得してもらったうえで確実に進めていく必要がありました。

しかし、自分の思いだけで事を進めようとすると、どうしても自分だけの尺度(私は物差しと言っていました)で評価し、判断してことを進めることになってしまいます。

このように、自分だけの物差しで進めた方針は、時間がたつと、社員と私の間で考えの齟齬が生じ、必ず、ある所で行き詰ってしまうことが明確になりました。

そこで考えたのが、社員が持っているであろう物差しを探し、自分の物差しの数を増やすことでした。その物差しの中身が分かれば、方針との違いもはっきりし、そこに課題が見えてきます。

課題が見えたところで、その解決策を探るため、社員の物差しを求めて、社員との対話を繰り返しました。そして、社員との対話の中で見出した、社員の評価基準(物差し)を自分の頭の中にインプットしていきました。

一方で、変革を目指す私の地とも社員に理解してもらうよう努めました。

このように、社員が持つ物差しを理解することで、社員にとっては、取り組みがたい会社の変革についても理解を得ることが出来、その後の変革に向けた方策も、着実に進めることが出来ました

まさに、常に視野を広げていく、物差しの数を増やしていくことで、ものごとを進めることが出来ることを確信した経験でした。

まとめ

物事を評価し、判断するときに、自分だけの物差し(尺度)で評価すると、どうしても偏った考えに陥り、誤った結果を招く可能性がある事例を示しました。

仕事を進めているときには、いろいろなことを判断しなければなりません。そのときに、自分がこう考えるからこれが正しいはず、といった自分だけの物差しで評価することは避けなければなりません。

そのためには、いくつもの物差しを持ち続ける努力を意識して進める必要があります。そして、これらの物差しをフル活用して初めて正しい結果をもたらすことが出来るのだと思います。