上司、リーダーの役割

社員が成長する“失敗を生かす組織”

「失敗経験が人を成長させる」とはよく言われる言葉です。

しかし、組織自体もしくはその組織のメンバーを成長させるように失敗を生かすためには、それなりの組織としての意識、体質があるのではないでしょうか。

では、人を成長させる組織は、失敗をどのようにとらえているのでしょうか。

本村凌二は、その著述、興亡の世界史シリーズの「地中海世界とローマ帝国」の中で、ローマ帝国が「いかに失敗を失敗に終わらせない組織」であったかを書いています。

また、マシュー・サイド著「失敗の科学」では、航空事故の事例を上げて、航空業界が事故率を低下させていった要因として、失敗から得られるデータを、その後のリスクにいかに活用してきたかについて述べています。

私も、若い時に建設現場で繰り返した失敗を経験しました。

しかし、失敗は今後に生かす経験と捉えていた組織に所属していたおかげで、技術力やマネージメント能力などが高まり、その後の会社生活の面で、その失敗経験が大いに役立ったことを覚えています。

今回は、「地中海世界とローマ帝国」、「失敗の科学」からの引用と私の建設現場での経験から「人を成長させる組織は、失敗をどのように生かしているか」について紹介します。

打たれ強く失敗に学ぶ

興亡の世界史シリーズの「地中海世界とローマ帝国」は、ローマ帝国の勃興前から、ローマ帝国が東西に分割し、西ローマ帝国が消滅するまでを取り上げています。

ここで紹介する一節は、紀元前3世紀後半、西地中海の二大勢力である、カルタゴとローマ帝国が激突したポエニ戦争が舞台です。

カルタゴはその勢力が増し、さらに将軍ハンニバルを得てその領地を拡大し、いよいよローマを攻めこむ状況にありました。ローマ帝国にとっては、まさに存亡の危機でしたが、ローマ帝国の底力を発揮し、カルタゴの侵攻を防ぐのでした。

 戦いの現実にあっては連戦連敗であり、苦杯につぐ苦杯であった。だが、そこは名将ハンニバルにしても見透かせないものがあった。

ローマという国家を営む公民はこのような危機にあればあるほど激しい熱情を燃やすところがある。打たれ強いといえば、これほど打たれ強い公民も少ないのではないだろうか。

打たれてもめげないということは失敗をたんなる失敗に終わらせないということでもある。失敗から学ぶという姿勢が身にしみついているとも言える。

だから、失敗した者でも勇気を持って事態にのぞんだのであれば、責められるわけではなかった。むしろ温かく迎えられることさえある。

たとえば、カンナエの惨敗将軍ウアロが敗残兵を引き連れて帰国したとき、元老院は「共和政国家に絶望しなかった」と勇者を讃えて感謝したという。

彼にはさらに指揮権の延長が認められ、捲土重来の機会があたえられたのである。そのかわり、臆病者や裏切り者には情け容赦がない。それがローマ人の「父祖の遺風」であった。”

(本村凌二著 地中海世界とローマ帝国 興亡の世界史)

「ミスの報告」を処罰しない組織-ユナイテッド航空137便の事故から-

マシュー・サイド著、有枝春訳の「失敗の科学」は、多様な業界における事故事例から「失敗から学習する組織」と「学習できない組織」の違いについて記述しています。

事例のひとつである航空業界では、すべての事故の原因調査を基にしたデータの活用により、事故の発生率を長年にわたって低下し続けています。

航空業界にそのような大きな転機をもたらしのが、1978年12月のユナイテッド航空137便の事故とその後の航空業界の対応です。

137便は、ニューヨークからオレゴン州ポートランドに向かう途中で事故に遭遇しました。

機長、副操縦士、航空機関士とも十分な経験を有するベテランでした。

順調に飛行していた飛行機が、着陸前に車輪を下ろす操作に入ったときから事故は始まりました。車輪が確実に定位置に下りたかの確認が取れず、その確認に機長が執心するうちに、時間が経過し、ついには燃料切れを起こし、牧場に墜落し、乗客8名と乗員2名がなくなる事故でした。

ここで紹介する一節は、この事故に対し、航空会社はじめ関係機関で組織された機関が、事故にかかわるあらゆるデータを活用し、同様な事故を撲滅するため対応した状況と、その航空業界が、いかに失敗から学ぶ文化をもって失敗に向き合っているかについて紹介します。

” 航空安全対策の転機となったこの事故は、エレイン・ブロミリーの悲劇(医療事故がもとで死亡に至った事故)を思い起こさせる。一方は空で起こった事故、もう一方は手術室で起こった事故だが、どちらにも共通するパターンがみられる。”

“しかし肝心なのは二つの事故の類似点ではなく、相違点だ。最も大きな相違点は、失敗後の対応の違いにある。医療業界には「言い逃れ」の文化が根付いている。ミスは「偶発的な事故」「不測の事故」と捉えられ、医師は「最善を尽くしました」と一言言っておしまいだ。しかし航空業界の対応は劇的に異なる。失敗と誠実に向き合い、そこから学ぶことこそが業界の文化なのだ。彼らは、失敗を「データの山」ととらえる。”

“学習の原動力になるのは事故だけではない。「小さなミス」も同様だ。パイロットはニアミスを起こすと報告書を提出するが、10日以内に提出すれば処罰されない決まりになっている。“

“今日の航空システムはさらに進化している。大手会社の多くは、何万ものパラメータ(高度逸度、機体の傾斜過剰などに関する情報)をリアルタイム継続的にモニタリングし、事故発生につながりかねない危険パターンを見極めている。

——–そのときも、航空業界の失敗を真摯に受け止める文化は変わらないはずだ。いつだってクルーたちは何も恐れずに失敗を認めることができる。それが価値あることだと認識しているからだ。“

(マシュー・サイド著、有枝春訳 失敗の科学)

 

航空業界全体が持つ、失敗を真摯に受けとめる文化、そして、その失敗を生かすために、クルーたちが恐れることなく状況を発言できる文化が、組織、さらには個人を強化することになっているのです。

失敗しても再度挑戦させてくれた組織

 私が建設現場で課長として現場の責任者を務めていたときの経験です。

貯水池を建設する現場で土木技術者として勤めていました。貯水池が完成し、水を貯め始めると、計画通りに池の水位が上がってきませんでした。

自分が責任者ということで、その原因を探るための調査と、その原因に基づいた対策工の設計の指揮を執りました。

工期が間近であったことから、時間的な制限がありましたが、トラブルの発生個所やその基礎部などを調べ、水を貯める前と変わっている箇所がないか、調査を実施しました。

その結果、一部に水が漏れている箇所があり、まさにそこがトラブルの原因箇所と定め、その個所を重点的に調べ、対策工を施しました。

「これで良し」ということで、再度水を貯め始めました。しかし、最初に水を貯め始めた時と同様の水位になると、やはり、計画通りに水が溜まらない状況となりました。

再度、前回より範囲を広げ、他に原因がないかという視点に十分留意して調査を実施しました。

その結果、当初原因であろうと思っていた箇所以外にも、欠陥箇所が見つかり、あらためてその個所を調査するとともに、他の個所に欠陥がないことを確認しました。

新たに見つかった欠陥箇所を徹底的に補強し、再度水位を上げていきました。

徹底的な調査と補強工事で、今回は、水位を満水まで上げることができました。

この間、この構造物の責任者として、トラブルの原因を作り、工事に大きな影響を与えた者として、叱責を受け、職場を離れることも覚悟しました。

しかし、「構造物のことはお前が一番に知っているはず」という上司の配慮で、満水まで工事を担当することができました。

このように失敗しながらも、再度挑戦させる組織似たことで、リスクに対する感性を高めることができた他、その後の会社生活に必要となるマネージメント能力を高めることができたものと思っています。

今でも、上司の言った言葉が、その後の会社生活の中で貴重な教訓となって残りました。

「一回ぐらいの失敗は許されるものだ。そこから何が怖いかということを勉強してもらえればよいのだ。ただし、二回、三回と同じ失敗をしていると信頼されなくなるので、その点は注意が必要だ」

まとめ

失敗を生かすことができる組織にはそれなりのポリシーがあると思います。

「失敗から得られるデータは、宝の山」「ニアミスを含め失敗をかくさない組織の文化」「失敗から何かを学ばせようとする組織」そのような中で、社員は、精神的にも、技術的にも成長していくものであると確信しています。