「上司と部下の良い関係」と言ってしまえば簡単な言葉ですが、いざ上司となり、部下に仕事を頼んで素直にやってもらおうとすると、この言葉もなかなかに難しい問題だと思うことがよくあります。
私が若いころは、上司から怒鳴られ、怒られながら仕事をおぼえ、上司との関係もこんなもんかなと思っていました。しかし、今の時代、この怒鳴るという行為を上司が取れば、パワハラ問題にも発展しかねません。
では、どうすれば上司と部下の間で理想的な関係をつくることが出来るのでしょうか。
今野敏氏はその作品の中で、部下を信頼し、任せることが大切と述べています。
私も、上司に怒鳴られて育った経験から、その後、管理職になったときには、部下との関係作りでは、まず信頼関係を作り、仕事を任せてみることを繰り返してきました。
今回は、今野敏氏の作品と私の会社生活の経験から「信頼の醸成が理想的な上司と部下の関係づくりには大切」について紹介します。
理想の関係ー上司は部下を信頼し任せる―
今野敏の小説「道標のうち係長代理」は、東京湾臨海署の管内で発生した強盗事件を捜査する第一強行犯係の村雨係長代理が主役です。
主人公の安積係長が研修のため、ひと月職場を離れることになり、経験豊富なベテラン刑事、村雨が係長代理に任命され、強盗事件を担当することとなりました。
取り調べを進める中で、村雨は、被疑者として逮捕した人物が犯人であることに疑問を持ち始めました。
送検まで時間がない中、改めて捜査をやり直すことを村雨は決意し、捜査を進めようとします。しかし、村雨は、どうしてもこれまでのように安積係長のもとで自分が直接動いて捜査を進めようとしてしまいます。
その様子を見た、安積係長の同期であり、日頃から安積と仲の良い警視庁交機隊の速水小隊長から、班長たるものは、「自分は動かず部下に任せるよう」諭されるのでした。
ここで紹介する一節は、速水が村雨に部下を信頼することの大切さを説く場面です。
(村雨)「昨日、被疑者を確保して、話を聞きました。そのときの印象が、どうも引っかかるんです」
(速水)「どういうふうに?」
「ホシじゃない気がするんです」
「ほう——」
「——-普通に考えたらすみやかに送検すべきなんです。課長にもそう言われました」
「でも、お前は送検を迷っているんだな?」
「迷う必要はないのかもしれませんが——」
「そういうとき、安積はどうするか知っているか?」
「え—-?」
「安積は、納得がいくまで調べる」
「それは安積係長だからこそできることなんじゃないですか」
「あいつだって迷ったり悩んだりするんだ。そんなとき、あいつは部下を頼りにするんだ」
「俺たちをですか?」
「そうだ、それがあいつの強みだ。だから、お前も心配することはない」
「須田(安積班の刑事)に話したんだろう」
「ええ、もっと調べたいと伝えました」
「なら、だいじょうぶだ。須田を信用しろ」
「信用はしていますが—-」
「全面的に信頼するんだよ。安積はそうしていた」
「はあ——」
「班長の仕事はな、部下を信じることだぞ」
速水はそう言って去っていった。
(今野敏著 道標)
叱ることで部下を成長させていた時代
私が、会社に入社した時に聞いた、昭和40年代の大型土木構造物の建設所の上司と部下の関係は、今の仕事環境からは想像できないものでした。
指示された仕事が遅い、もしくは上司の思うような結果を示せなかったりすると、強く叱責され、その資料が突っ返されたようです。
また、設計図面を作成して上司のところへ持っていくと、特に言葉もなく、不備のある個所にバッテンがつけられたりもしていたそうです。
上司のほうは、部下をいじめているわけではなく、「深く考えることが重要」ということを育成の観点からとった行動であったと思いますが、今では通用しない育成方法であることは確かです。
私が建設事務所に若手の技術屋として勤務していた昭和50年代でも、40年代ほどではありませんでしたが、その面影の一部は残っていました。
所長から指示された仕事を終え持っていくと、必ず、ひと言注文が付き、多くの場合、厳しい語調で問題点を指摘されることがありました。
怒られることで先輩たちも成長してきた、といったことを聞かされており、我々世代は、そのようなものかと思っていました。
しかし、怒鳴られてまで仕事を進めることについては、達成感も感じられず、いやな思いが残ることが多かったことも確かでした。
このようなことを経験し、自分が管理職になってからは、先輩の育成方法を「反面教師」として、部下が納得感をもって仕事ができるよう、意識して部下と向き合いました。
大きな仕事への挑戦には部下を信頼する良好な関係が必要
私が、管理職となり、一つの部門を任されるようになったころには、すでに、部下をいじめているように見える行為は非難される状態になりました。
私が若い時の経験を反省し、部下にも納得感をもって仕事をしてもうためにとった事例を紹介します。
ある土木建築関係のコンサルタント会社の社長となり、会社の変革を進めていたときのことです。
その会社は、特定の会社からの受注が多く、毎年決まった量の仕事が発注されることもあり、仕事をあえて取りに行くという感覚が薄れ、受け身の姿勢が抜けきれないでいました。
変革を進める中で、各部門が自律的に業績を上げていくうえでは、その部門のトップが変革の意図を理解し、自らの判断で仕事を進めていく必要がありました。
このため、取った基本的な手立てが、仕事の意味合いを明瞭に部門長に説明し、任せることでした。
「なぜ変革が必要か、そのためにあなたは何を目標に進める必要があるか」、徹底的に話をし続けました。
そして理解を得られたと判断すれば、後はその部門のことは部門長に任せることにしました。
しばらくそのようなことを続けることで3年ほど経つと、部門長は、自ら目標と課題を明確にし、自律的に業務を進めるようになってくれました。
さらに、その部門長が、信頼され、増されることの大切さを知ることで、部下に対しても同じような行動をとるようになりました。
その結果、そのような部門長の下で働く社員が、仕事に対しやりがいをもつようになり、社内の雰囲気も大きく改善され、経営改革も、社員の理解を得て進めることができるようになりました。
まとめ
上司の役職が上がれば上がるほど、一人では仕事ができないことを痛感すると思います。このようなとき、部下を信頼し、任せることで部下はやりがいをもって仕事に励んでくれ
るとともに、上司と部下の間に良好な関係がつくられていきます。
また、そのような状態が継続することで、組織としては、より大きな仕事にチャレンジで
きるようになると思います。
このような良好な関係作りは、大きな組織から、グループ単位の小さな組織にでもあては
まる話であると私は確信しています。
さらに、部下との良好な関係作りで、大事なこととして、仕事をお願いするときに、よく
その仕事の意味合いを、部下に説明し、納得してもらうことが必要であると思っています。






