会社の経営

変革は“あるべき姿”を明確にすることが大切-社長経験からの教訓- 

昨年から続くコロナ禍が収まらず、厳しい経営環境の中で、継続的に業績を伸ばし、社会へ訴える力も持ち続けている企業が目立っています。

また、このような状況下、働く人たちの中にも、常に生き生きとして、成長し続ける姿を見せてくれる人も多くいます。

それでは、厳しい環境の中で会社が成長する、もしくは個人が成長するためにはどうしたらよいのでしょうか。

日本企業の事業再生に携わり、多くの実績を残している三枝匡氏は、その著書の中で、起票が提携している中で、V字回復を目指し、経営改革を進めるうえでまず大切なこととして、改革を進めた後の理想の姿を描くことの大切さを述べています。

また、作家、今野敏氏は、その警察小説の中で、捜査においても理想の状況を考えることが大切であると、書いています。

私も、ある会社の社長に就任し、経営改革を進めた際に、まずは、10年後の理想の姿を社員に対し明確にしたうえで、改革を進めていきました。

今回は、三枝匡氏及び今野敏氏の作品と私の社長経験から「会社、もしくは個人が持続的に成長するためには、目指すべき理想の姿を描くことが重要」について紹介します。

V字回復に必須な改革後の出来上がりの姿

三枝氏は、その著書「V字回復の経営」の中で、改革を進める際に、最初に踏み出す一歩として、「期待のシナリオ」をあげることの大切さを示しています。

ここでは、三枝氏が語る、「期待のシナリオ」の意味、そして「期待のシナリオ」が備えるべきことについて紹介します。

いずれにしても俊敏な成功者は、自分としてはこうなってほしいという「期待のシナリオ」を明確に持っている。それに対して現実がうまくいっていないときに、強いリーダーは「このままではまずい」「何とかよくしよう」と何らかの行動を起こす。

経営改革の場合には、この第一ステップで、改革のストーリーやスケジュール、あるいは改革後の「出来上がりの姿」が明確に示されていなければならない。

この段階における障害(失敗や停滞の原因)は、期待のシナリオが曖昧なまま放置されることで起きる。それは、私は期待のシナリオの「具体性不足」の壁と呼ぶ。

(三枝 匡著 V字回復の経営)

このように、経営改革を進めようとした場合には、リーダーとなる経営者は、一緒に計画に取り組む社員に対し、改革後にどのような出来上がりの姿を目指すのか、いわゆる “あるべき姿”を明確にすることが大切です。

理想的な状況を描くことから捜査を始めることが大切

小説「回帰」は、警視庁強行犯係の樋口係長が主人公の警察小説のシリーズの一冊です。

今回は、四谷の大学の傍で起きた爆破事件がきっかけになったテロ組織による犯罪です。

テロ組織が2度目の本格的な爆破事件を起こすことを阻止するため、樋口係長他、関係者がテロ組織の割り出し、爆破の阻止に向け、懸命の努力を続ける姿を描いています。

テロによる爆破阻止に向けては、日本の警察組織が主体的に取り組んでいますが、海外のテロ事件に精通している因幡が、樋口係長の上司である、天童監理官に接触してきました。

因幡は、昔、天童や樋口と同僚として警察で働いていましたが、ある事件の捜査がきっかけで警察を退職し、その後、中東でテロ事件にかかわっていました。

因幡からの情報は、テロ組織の摘発に有効であるものの、因幡がそのテロ組織と関係がないとは言えない状況下で、因幡に対して信用が置けない状況が続いていまして。

いよいよ、2回目の爆破が待ったなしの状況となり、因幡との接触について、樋口はどのようにすべきか悩んでいました。

ここでは、テロ爆破を阻止するために、上司である天童が因幡に接触しようとします、

そのことが正しいものであるか悩む中で、どのように捜査することが理想的かを描くことが大切であると、思案する樋口の心の中を描いています。

(天童)「公安が指揮本部の主導権を握ると、因幡と接触することがますます危険になる」

樋口はうなずいた。

「たしかにそうですね」

天童は、片手を上げて樋口の言葉を制した。

「ヒグっちゃんはバックアップだ」

「バックアップ———」

「そうだ、万が一、俺が「失脚したり、検挙されたりした場合、ヒグっちゃんが因幡と連絡を取るんだ」

「それが一番いいんだ」

そうだろうか。

樋口は考えた。

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天童が「一番いい」といったことが、本当にベストなのだろうか。もっと他に、いい方法があるのではないだろうか。

樋口は、取調室に向かって歩き出した。それでもまだ考えていた。

俺はいったい、どういう事態を望んでいるのだろう。どうなれば理想的だと思っているのだろう。

 何かに迷ったら、常にそこから始めるべきだと、樋口は考えていた。一番望ましいのはどういう状況かを考えるのだ。

だが、たいていそれはあまりに理想的過ぎて現実離れしていることが多い。

 しかし、そこから始めるのが正しいのだ。もしそれが不可能だとしたら、何が可能なのか考える。そうすれば、理想に近づくための実務が見えてくる。

(今野敏著 回帰)

 あるべき姿”を明確にすることのメリット

私が、土木建築関係のコンサルティング会社の社長に就任したときの経験です。

会社は、成長を期待することが難しく、むしろ状況が悪化する予想がなされていました。しかし、そのような低迷する状況になっても、どうしていくかという議論がなされていないのが、私が社長に就任した時の状況でした。

このため、社長に就任した私は、まさに会社が経営の谷にいることを痛感し、V字回復を目指すことにしました。

まず手掛けたことが、現状に満足することなく、現状の問題点を意識し、利益を確実に上げる成長する会社を目指すこととし、そのことを社員に語りかけました。

また、三枝氏が経営改革にあたって、第一ステップとして掲げている、改革後の出来上がりの姿、“あるべき姿”を明確にしました。

さらに、理想の姿の達成までのスケジュールを明確にする意味で、それを10年単位で成し遂げることを明確に打ち出しました。

この理想の姿を明確にし、現状の課題を洗い出し、その課題について期限を決めて解決していくことで、経営改革は5年後に10年先の姿が見えるところまで進捗しました。

この経験から、“あるべき姿”を明確にすることのメリットは6点あると考えています。

① あるべき姿を明確にすることで、現状との乖離がはっきりし、課題が明確となる。

② 課題が明確になることで、その課題を、10年間のいつまでに解決すべきか、短期的課 題か、長期的課題かが明確になる。

③ 課題をいつまでに解決すべきか、ということがはっきりすることで、10年後の理想の姿を見据えた各年度の目標が明確となる。

④ 各年度の目標を明確にすることで、年度末に、その目標の進捗を評価することができる。

⑤ もし、各年度において未達成の課題があれば、それを次年度以降にどのようにすれば、理想の姿にもっていけるか次の方策を考えることができる。

⑥ このようなメリットのある手順を踏むことで、つい眼の前にある課題を優先的に解決しようとする“対処療法”に陥ることを防ぐことができる。

まとめ

今回は、会社という組織について、事例を示しながら「あるべき姿を明確にすることの重要性について書きました。

しかし、このことは、組織ばかりではなく、個人においても同じことが云えると思います。

ある技術や能力を、ある年月を決めて磨き上げ、あるレベルまで達成したいと思ったときには、その時の自分の理想の姿を描くことで、今から、その期間に手掛ける課題がはっきりし、その課題を着実にこなしていくことで、理想の姿が見えてくるものと思います。