上司、リーダーの役割

社長経験から学んだ職場コミュニケーションの改善

上司との会話を苦手とする人は結構いるかと思います。

同じ部署に所属する上司との間でも、コミュニケーションが取りにくくなることがあります。特に、両者の物理的な距離が遠くなるほど、会話の頻度が大きく低下するようです。

作家、今野敏氏は、その著作で組織の拡大に伴い上司との距離が遠くなったことで、これまであまり気にしていなかった、上司との会話が遠くなった話を書いています。

また、組織のトップとの会話となると、話をする機会は少なく、話をする機会があっても、緊張してしまい、十分に会話ができないことがあります。

どうしても、トップと部下の間にはコミュニケーションの壁があるような気がします。

私も、ある会社の社長になったときに、社員とのコミュニケーションをとることに苦労しました。

個室にこもっていることで社員と話ができないことに気づき、個室を出て社員と直接向き合うようにしたところ、多くの社員と触れ合う機会が増えたことを経験しました。

今回は、今野敏氏の作品と私の社長経験から「職場のコミュニケーションの改善」について紹介します。

課長との距離が遠くなり職場のコミュニケーションに陰り

今野敏の警察小説「夕爆雨」の舞台は、東京湾臨海署管内の東京ビッグサイトです。

東京ビッグサイトのイベントへの爆破予告がインターネットで流れました。臨海署のベテラン刑事である安積係長の班と安積係長に対抗意識を持つ相楽係長の相楽班が捜査にあたりました。

再び、あるイベントに対し爆破欲予告が入り、安積班はメンバーのヤマ勘を信じ捜査を展開し、犯人を追い詰めていきます。

ここで紹介する一節は、小説の本筋にはあまり関係ありませんが、安積係長が、上司との会話の大切さを改めて、感じた場面です。

安積係長が在籍する、臨海署の組織の拡大に合わせ大きなビルに移動することになり、刑事課も広いスペースを与えられ、安積係長のすぐそばにあった課長室が、かなり離れてしまいました。

安積係長が刑事課長に用事があるとき、引っ越し前までは直接課長室に行き話をしており、課長との意思の疎通に不都合は感じませんでした。

しかし、引っ越しで課長室が遠くなり、相談に行くにも、まずは電話をかけてからという状況になり、安積係長と課長、双方とも不自然さを感じるのでした。

 「相楽(安積係長の同僚係長)が来る前、なんの話をしてたっけな?」

「東京ビッグサイト周辺の警戒態勢の話です。地域課にも協力を要請する必要があると—」

「そうだったな—」

課長にもう一度会いに行こうと考えていたことを思い出した。

電話をかけて、面会を申し込むと、課長はうなってから言った。

「なんだか面倒くさいな。いちいち電話なんかいいよ。引っ越し前みたいに、直接訪ねてきてくれ」

同感だった

出典:今野敏著 夕暴雨

 

課長との席の距離が遠くなったことで、意志の疎通が不便となり、捜査のスピードにも影響を感じる安積係長でした。

新たに副所長職が置かれたことで生じた所長との壁

東京湾臨海署の組織の拡大に伴い、副所長職が新たに置かれることになりました。

これまで安積係長は、所長とはツーカーの関係で話をしてきたものの、副所長が介在するようになったことで、所長の存在が壁の向こうの遠い存在になった気がするのでした。

野心家の野村署長は、これまで副所長がいなかったので、自らが署の実権を握り、記者にも対応してきた。だが、さすがに今回、東京湾臨海署の規模が大きくなり、副所長を置かざるを得なくなった。

あらたに着任した副署長は、本田喜信。五十一歳の警視だ。警備・公安畑を歩んできた切れ者だという。

安積はまだ話をしたことがなかった。部下に気軽に声をかけるというタイプではなさそうだった。

副署長に用があるときは、警務課長を通さなければならない。そういう段取りが必要な相手だ。村雨(安積班の班部長刑事)あたりが気が合いそうだと思っていた。

安積は、野村署長になら直接話ができる。これまでの東京湾臨海署なら、それで話が済んだ。だが、本田副署長は、新たな垣根になっていて、署内の見通しがずいぶん悪くなったように感じられた

出典:今野敏著 夕暴雨

これまでツーカーの関係を築いていた所長との関係が、間に副所長が入ることで疎遠となり、捜査の展開に滞りが出ることを懸念する安積係長でした。

社員とのコミュニケーションを求め個室を離れる

私が、ある土木建築関係のコンサルティング会社の社長になったときの経験です。

社長は、多くの社員がいる建物とは別の建物に席があり、さらに、個室に隔離されていました。

普段、社長に話をしようと思う社員はまれでした。その上、個室に入っていることから、部屋に来る人は相談事のある部長以上に限られていました。

会社の成長に向け、経営改革を進めようとしていたときでもあり、会社全体の改革に向けた動きを、どのように社員が感じているかを把握することも重要な時期になっていました。

しかし、こちら側から方策を社員に問いかけているにもかかわらず、社員の反応を直接聞いたり、見たりすることが出来ない状況でした。

そのようなこともあり、社員が、経営側が出した方針をどうとらえているかを全く把握できず、何とかしなければならないと思っていました。

あるとき、経営の本を読んでいると、同じような問題を抱えた社長が、個室を出て社員と同じフロアーに席を設け、社員とのコミュニケーションの改善に取り組み、成功しているという例に出会いました。

早速、うちもということで、ちょうど事務所の移転もあったことから、社長室をやめ、フロアーにオープンな席を設けることとしました。

社長席のオープン化で組織コミュニケーションを活発化

フロアーに出てしばらくの間は、社員の人たちも慣れないせいか、話に来ることはありませんでした。しかし、日にちの経過とともに、経営層が進める方策に疑問、共感を持つ社員が直接話に来るようになりました。

このようなことを続けているうちに、社長がそこにいることが自然な風景となったせいか、時折、仕事でも面白いことがあったと話をしに来る社員も出てきました。

経営側として進めていることが皆に浸透しているか、といった一番に気になることも、個室にいたときとは比べものにならないほど把握できるようになりました。

コミュニケーションを活発化するうえでは、物理的な距離を短くし、上司と部下の間の壁をなくすことが重要であることを学んだ経験でした。

まとめ

どうしても、下の人は、上位の人に話しづらいところがあるのは致し方のないことだと思います。そして、上司と部下の距離、また、トップと社員の距離が遠ざかるほど、両者のコミュニケーションの密度は薄くなる傾向があります。

コミュニケーションを改善しようと上の人が思ったときには、自分と部下との距離感を今一度、考えてみる必要があるのではと思っています。