今の状況に不安があるとき

事態の急変に備える秘訣

ある目的をもってプロジェクトを推進しているときとか、トラブルに遭遇しその解決にあたっているときなどに、これまでの状況が急激に変化する事態に対応しなければならないことがあります。

このような場合、つい、右往左往してしまい、目標に向けた道筋をはずれてしまいがちになることはよくあることと思います。

それでは、このように急激に事態が変化し、しかも、条件が複雑になったときに、どのように対応すればよいのでしょうか。

堂場瞬一氏は、その作品の中で、この問題を取り上げています。

警視庁の被害者支援課に所属する主人公が、一つの事件に対応していたときに、想定外の事態が発生しました。発生当初は落ち着きを失っていましたが、すぐに、その事態に冷静に対応する必要があり、自分として何をなすべきか意識することができました。

私も、ある会社の工場長を務め始めてすぐにトラブルに遭遇し、最初の対応のまずさから、問題を複雑にしてしまいました。そのご、道筋をはっきりさせることで問題の解決に至った経験があります。

今回は、堂場氏の作品と私の経験から「事態が急変したときにどのように対処すべきか」について、参考となる事例を紹介します。

事態の急変時には自分がやることの本質を失わないこと

小説「空白の家族」は、警視庁犯罪被害者支援課に勤務する村野秋生が主人公のシリーズ第7作です。

人気子役の少女が誘拐され、家族の支援のため被害者支援課の村野たちが活動を始めました。

誘拐犯から家族に一報が入って以来1週間が過ぎましたが、犯人からの連絡がなく、少女の安否を気遣う村野たちでした。

1週間過ぎたときに犯人から第二報が入り、身代金の授受の方法が指示されました。少女の両親は既に離婚しており、父親(仲岡)の関与を嫌う母親は何とか自分で対応しようとします。しかし、母親側では金銭の工面ができず、結局、父親に金銭の用意と仲介約を頼むことになりました。

金銭の授受に出向いた父親が引き渡し場所で車を降り、身代金の入ったバッグを置いたところ、突然、犯人の車のはねられるという事態が発生し、その対応に追われた警察は、犯人を取り逃がしてしまいました。

犯人逮捕に期待を寄せる家族と支援課村野たちにとっては、思いもよらない事態の展開となりました。

そんな状況の中、村野は、相性の悪い上司の桑田課長と今後の対応について話し合うのでした。ここで紹介する一節は、そんな桑田との話が終わった後に、村野が今後の対応について思いを固める場面です。

 (桑田課長)「しょうがねえな——」弱り切った口調。桑田も、私をどう動かしていいか分かっていない状況だった。

(村野)「どうしますか?」

「病院にいるなら、そのままそこで待機して仲岡さんの面倒を見るんだ」

「分かりました」

説教、終了。まあ、桑田もこの状況では他に指示の出しようがないだろう。事態は急激に展開しており、支援課総出で対処しなければ間に合わないぐらいになっている。

こういう時—–事態が複雑に動いている時は、とかく他のことが気になりがちだ。自分だけが本筋から外れて取り残されているのではと気になり、やたらあちこちに電話をかけまくっているうちに、自分本来の仕事を見失ってしまう。私がやることは一つ、仲岡の回復を待って、特捜の事情聴取を見守ることだ。

とにかく、何でもかんでも自分でどうにかしようと思わないこと——それは警察の仕事の基本中の基本だ。”

(堂場瞬一 警視庁犯罪被害者支援課シリーズより「空白の家族」)

 

急激な事態の変化に対し、右往左往することなく自分本来の仕事をしっかり見つめることが、緊急事態を乗り越える方策であることをこの事例は示しています。

事態の急変時には役割に応じた仕事を明確にする

 私が、ある会社の製造工場で所長を務め始めて、一月も立たないうちに発生したトラブル対応の経験です。

金曜日の午後、製造プラントの整備中に、取り扱っていた薬剤が飛び散り、周辺の畑作物の一部に被害を与えてしまいました。

当該工場では、設備の安全確保が強く要求されることから、事故が発生した場合には、速やかな督官庁への連絡が必要でした。

しかし、問題をそれほど大きなことと考えていなかったこと、また、発生が金曜日の午後ということもあり、監督官庁への連絡は月曜日にしようということで、関係者との意見を取りまとめました。

月曜日に、担当者が監督官に連絡したところ、きつい叱責を受け、工場への検査をすぐにでも行うという報告が私の所にありました。

その一報から、事態の深刻さは我々の想定外であり、事態が大きく変わったことを認識しました。

監督官庁への対応のほか、事故の始末、作物被害者への対応も重なり、すぐには、的確な動きができない状況でした。

その工場では、これまで大きな事故を起こすことがなかったこともあり、また、私が着任早々で、統括責任者としての責務を理解していなかったことから、対応が後手になってしまったものでした。

検査当日、監督官から、いくつかの指摘がありました。その中で大きな指摘のひとつが、、トップであり、設備の安全・保安の責任者である私が、事故が起きたときに、責任ある対応を取っていなかったことがあげられました。

事故直後に情報収集はしていたものの、その状況に応じていかに対応すべきか、建設現場での経験しかない自分は、戸惑うばかりでした。

結局、検査当日には、監督官からの厳しい指摘事項を受け、1週間後にどのように対応するか確認の検査があるということで、当日の検査は終了しました。

この1週間で、今回の事態にどのように対応し、その後の再発防止、組織の保安への意識の向上を図るか、答えを出すことになりました。

トップとして何をなすべきか、自分が右往左往していてもことは進まないことを改めて意識し、建設現場での責任者として、トラブル対応していたときのことを思い出し、トップとしてなすべきことを改めて考えました。

工場の安全・保安の責任者として、自分がなすべきこととをまず明確にし、そして、設備管理部など各部門が対応すべきことを明確にし、その上で責任者をはっきり決めました。

事故対応や再発防止を含めた、その後の保安の維持、所員の意識改革について、やるべきことを明確にし、その責任者を決めたことで、トラブルの解決のための対応が動き始めました。

このように、トップがすべてを処理しようとするのではなく、各課題の責任者に任せることで、進捗をしっかり確認することもできるようになりました。

その結果、1週間の間に、監督官からの指摘事項に対する回答書をつくりことができ、当日の検査では、その対応書の内容について了解が得られました。指摘される事項はなく、次回の検査で。その改善案の実施状況の確認が行われることになりました。

一月後の検査では、対応書に沿った改善が見られたことから、監督官からは「このままの保安体制を維持するように」という評価を得ることができ、トラブル対策は完了しました。

報告が遅れたことで始まった監督官の強い叱責により、事態が急変し、所内全体が右往左往する状況となりました。

しかし、いっときの混乱を乗り越え、トップがやるべきことを理解し、各部門が対応すべきことを明確にしたうえで、その責任者に任せ、その進捗を確認していくという、トラブル対応の本筋を推し進めました。

このような対応を図ることで、急な事態の変化に対応することができることを学んだ経験でした。

まとめ

プロジェクトを進めているとき、もしくはトラブル対応をしているとき、想定していなかった自治が起こり、事態が急変することはよくあることと思います。

そのようなとき、組織は、また組織のトップと当該組織の関係者がどのように対応すべきか、基本的な対処法について、事例を基に紹介しました。

事態の急変に慌てず、解決すべき課題は何かという本質を明確にし、その上で、組織のトップとその部下がそれぞれの責任課題を解決していくことが重要