モチベーションをアップしたいとき

適材適所が人材の活性化の秘訣-建設現場の経験からの教訓-

人が仕事をしていて、やりがいがあると感じるのはどういうときでしょうか。

やはり、自分にとって興味があり、自分の持つ能力を十分に発揮でき、さらにその成果が会社や社会に貢献していることを実感できたときではないかと思います。

一方で、なかなかに自分の能力を最大限に生かすことができ、しかも、自分に合った仕事に出会うことが難しいことも確かかと思います。

作家、三浦しをん氏は、その著書で、その人が持つ能力を生かせる職場に転勤になったことで、大きな成果を上げる主人公を通して、適材適所の大切さを書き記しています。

私も、ながい会社生活で、自分に合った仕事に出会い、自分の能力を発揮でき、本当に楽しく仕事をしている人が素晴らしい成果を出すことを見てきました。

今回は、三浦しをん氏の作品と私の経験から「社員が活性化するうえでは適材適所が大切」について紹介します。

適材適所で社員は活性化する

小説「舟を編む」の舞台は、大手の出版社です。その出版社では、今度、大辞典「大渡海」を発刊することになりました。

主人公、馬締は、「大渡海」の編纂のためその言語能力と執拗な集中力を買われ、営業部から引き抜かれました。

営業部では評価の低かった馬締ですが、辞書編纂部に異動になってからは、その仕事に没頭することができました。

大辞典「大渡海」の発刊の準備を進めてきた大手出版社の古参社員である荒木は、間もなく定年になることもあり、「大渡海」の編纂の後継者探しを始めました。

編纂という地道な仕事を続けられる能力を有する人材を確保するため、自社の中から後継者を見つける努力を続けていたところ、ある人から営業部に辞典編纂に向いた社員、馬締(まじめ)がいるということを聞きました。

その評判を聞き、荒木は、馬締を辞書編集部に引きいれるため、十分な下拵えをしたうえで、本人と話をすることになりました。

荒木から見ると、馬締は、言語に対する能力を初め辞書づくりにはぴったりの能力を有しており、彼は大辞典編纂にふさわしい人物であると確信を得るのでした。

しかし、営業部での馬締は、彼の持つ能力を生かすことができず、部内での評価は低いものでした。

ここで紹介する一節は、荒木が、馬締が持つ本当の能力を評価して語る言葉です。

 馬締を引き抜くにあたっては、根気強い交渉は必要なかった。営業部長は、「まじめ? ああ、そういえばいたっけね。なに、荒木ちゃん、引き取ってくれるの?」と喜色を浮かべた。担当役員の反応にいたっては、「——だれだ?」だった。

そうか、と荒木は察した。荒木が真剣に口説いたというのに、馬締の反応がいまいちトンチンカンだったのは、誰かに能力を認められることがあるなんて露ほども予想していなかったせいだろう。馬締は営業部員としてまともにカウントされず、名指しで引き抜きをかけなければ、直属の上司にすら存在を思い出してもらえなかったほどなのだ。

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 馬締が悪いのではない。会社の見極めが甘かったために、適材適所の原則を踏みはずしてしまっただけだ

馬締の、言葉に対する鋭い感覚。持てる知識を総動員して、荒木の問いかけに応えようとする律義さ。律義が行き過ぎてトンチンカンだが、とにかく、辞書づくりのためにあるような才能だ。”

(三浦 しをん著 「舟を編む」)

ある職場では能力を発揮できなかった社員が、部署を変えて途端に見違えるような能力を発揮することは、よくあることだと思います。そして、上司が、その人の能力を見定めることができるかが重要な点だと思います。

最適人材の投入で「大渡海」は長い期間を要して刊行

新たに辞書編纂のリーダーとなった馬締の采配のもと、15年をかけて「大渡海」が完成しました。しかし、辞書の監修責任者として馬締と5年間、編纂作業を進めてきた監修責任者である松本先生は、「大渡海」の刊行を知ることなく、直前に亡くなりました。

ここで紹介する一節は、その松本先生が、死の直前に遺した、馬締が能力に最適な職場を得て大きく成長した姿を称える手紙の内容です。

荒木君、一つだけ訂正します。私は以前、「君のような編集者とは、もう二度と出会えない」と言いました。あれはまちがいだった。きみが連れてきてくれた馬締さんのおかげで、わたしは再び、辞書の道に邁進(まいしん)することができたのです”

(三浦 しをん著 「舟を編む」)

松本先生が遺した手紙が、まさに「能力に最適な職場で仕事をすることの醍醐味」を言い表しているのだと思います。

そして、松本先生は、辞書編纂をやり遂げた馬締を選んだ上司の荒木氏を高く評価しています。

適材適所はきめ細かな仕事にも効果抜群

私が、ダムの建設に従事し、その工事の一環として地盤改良のデータ解析を担っていたときの経験です。

構造物の基礎となる地盤を改良するための工法として、セメントミルクを地盤に注入する方法があります。

この工法は、地盤が目標の数値まで改良できたかを、地中での工法であるため、目で見ることが出来ません。

そのため、工事を進めながら、地盤がどの程度改良されているかを把握することが必要で、そのデータ解析が重要な仕事となっています。

最初からある段階までの注入した実績をデータとしてとり、それを解析することで改良の具合を見極め、次にどのように手を打つかを決めていきます。

この作業を私が担当したことがありますが、データのとり方、分析の仕方が甘く、次に打つ手がなかなかに決められない状況でした。

そこで、他の部署にいた技術者にあえて現場に来てもらい、その人にデータの収集、分析をお願いしました。

すると、その人がデータを基にして作成した地盤の中の様子を示す状況図を見ると、次に打つ手をどうすべきかを明確に示すものとなっていました。

地盤の改良として定めた目標値にするために、次に地盤の中のどこを責めるべきか、その状況図を見ることで、一目でわかるようになりました。

データを集め、分析し、評価することに、あまり興味が持てず、また、まったくそのような能力がないことを実感した現場でした。

そして、そのようなきめ細かい分析ができる人が必ずおり、その人に任せれば、時間が立つのも忘れてそのことに没頭し、立派な成果を上げることができることを知った経験でもありました。

まとめ

「舟を編む」の馬締氏や、私が出会った人たちのように、自分の能力に最適な職場に巡り合えた人は、本当にやりがいをもって仕事をし、その成果も素晴らしいものになるようです。

その人にとって仕事が面白い、やりがいがあるということになれば、本人にとっても、会社にとっても有意義なものとなると思っています。

そして、そのような能力を見つけ出す能力を上司が持つことが適材適所を実体のあるものにするためには重要です。