今の仕事に疑問がある時

先入観による悲劇の防ぎ方

寝室に 陽射しの香り 布団干し

よく晴れた日のことです。掛け布団を干そうということで、半日日に当ててから取り込みました。さて寝るかと、寝室に行きベッドに入ると、日差しのほのかな香りがして、それだけで体も心も温まる夜でした。

さて本題です。

前回(2023年1月2日)は、「先入観が悲劇を招く」と題して、先入観により判断を誤り、結果として悲劇や失敗を招く事例を紹介しました。

それでは、その先入観をふり払い、現場の状況に的確に応じた方策をとるためにはどのようにすればよいのでしょうか。

作家、梯氏はその作品「散るぞ悲しき」の中で、太平洋戦争末期の硫黄島での日本軍の戦いで、目的達成のため、それまでの日本陸軍の戦い方を踏襲せずに指揮官栗林中将がとった行動にそのヒントを描いています。

私も、建設現場のトラブル対応で、もう後がない状況に追い込まれたときに、これまでのやり方を何とか脱却しようとある決断をしたことがあります。

今回は、梯久美子氏の作品と私の経験から「先入観による悲劇の防ぎ方」について、事例を紹介します。

 先入観の打破―信念、自信、実行力―

 梯久美子氏の作品「散るぞ悲しき」は、太平洋戦争末期、中部太平洋の島嶼(とうしょ)に展開する、サイパンなどの日本軍の基地が米軍に占領され、いよいよ日本本土を米軍が攻撃するために狙いをつけた硫黄島が舞台です。

昭和19年6月に硫黄島での戦いの総指揮官として赴任した陸軍中将・栗林忠道の、圧倒的な物量にまさる米軍との戦いにおける思想と行動の実話です。

栗林中将は、すでに飛行機部隊もない中、敗戦を意識しつつも、なんとか日本本土への空襲を引き延ばすことを目標に掲げ、赴任直後から戦いの準備をはじめました。

玉砕を覚悟に、米軍が5日で終わらせると考えた戦いにおいて、36日間にわたり物量や人員にまさる米国海兵隊に史上最大の苦戦を強いたことから、日本ばかりでなく、敵国米国からもその作戦、行動が称賛されています。

ここで紹介する一節は、これまで日本軍が太平洋島嶼の基地を守るために採用してきた、海岸線の水際で米国軍の侵入を防ぐやり方を踏襲せず、島のいたるところに地下壕を掘削し、ゲリラ戦で戦うことで、何とか、硫黄島での戦いを引き延ばそうとした栗林中将の覚悟を示す記述です。

ここには、陸軍本部が先入観として持つ作戦から脱却し、いかに自らの作戦を考え行動したかが記載されています。

 大本営は、「絶対国防圏」の要衝だったサイパンの防備に自信をもっていた。しかし実際には、米軍が上陸作戦を開始するや、守備部隊はあっという間に崩壊してしまった。(昭和19年)7月7日にサイパンが玉砕したのに続き、8月3日にはテニアン、11日にはグアムも玉砕している。

これを重く見た大本営は、「敵を水際において撃滅し、若しくは島嶼に敵の地歩を確立させるに際立ち果敢なる攻撃を行いその撃滅を期する」という従来の水際思想を改め、後退配備に転換させることにした。

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これは、それまで固執してきた水際作戦の実質的な放棄であるといえる。ここへきて、さすがに大本営も、これまでのやり方ではどうしようもないことを認めざるを得なかった。

しかしこの新方針への転換は、遅きに失した。

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これに対して硫黄島では、大本営から新方針が示される2か月も前から、栗林の決断によって後退配備による陣地の構築が進められていた。栗林が着任直後の6月に打ち出した硫黄島防備の方針の中心は、まさにこの「島嶼守備要領」と同じ、“持久戦”と“水際放棄・後退配備”であった。

栗林の判断は、目の前の現実を直視し、合理的に考えさえすれば当然行き着く結論だったといえるかもしれない。しかし、先例を覆すには信念と自信、そして実行力が要る。

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しかし結論に行き着くや具体的な計画を立て、万難を排してただちに実行に移すという迅速さは栗林ならではであろう。しかもその時点において、栗林の決断は大本営の方針に背くものだったのだ

「観察するには細心で、実行するに大胆」というのが栗林の本領である。彼はものごとを実に細かく“見る”人であった。定石や先例を鵜呑みにせず、現場に立って自分の目で確かめるという態度をつらぬいた

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先入観も希望的観測もなしに、細部まで自分の目で確認する。そこから出発したからこそ、彼の作戦は現実の戦いにおいて最大の効果を発揮することができたのである。

(梯 久美子著 散るぞ悲しき)

上司の判断を覆すことで難局を乗り切る

 私が30歳代後半、ダムの付帯設備の建設に従事していたときに、その設備にトラブルが発生し、直ちに修復したものの、また同じようなトラブルが発生してしまったことがあります。

現場の責任者として、その修復が与えられた最後の機会と考え、これまでのやり方を抜本的に見直すとともに、上司の意向に反対し、トラブル修復の方針を決め、実行したときの経験です。

湛水池に水を貯め始めてしばらくたったときに、最初のトラブルが発生しました。工期が迫っていたこともあり、トラブル箇所を特定し、早々に修復工事を行い、再度水を貯め始めました。

すると、同じようなトラブルが発生してしまいました。もう二度とトラブルを発生ることはできないと思い、毎日現場に出かけ、前回よりも広範囲に、しかも入念に調査を行い、その原因を特定しました。

その結果、これまでの修復の仕方では、再度トラブルが生じる確率が高いと判断し、工期を延長する必要があるものの、抜本的な対策が必要であると判断しました。

一方、現場の上層部は、工期を守る必要があるとの判断から、前回のやり方を踏襲し、前回よりいくらか入念な措置をするような方向で、対策を考えていました。

意見の相違が生じ、上司の判断に沿う形で対策を考えることも考えましたが、現場を毎日見てきた我々は、どうしても抜本的な修復を避けることはできないと判断しました。

数日、上司との間で議論を重ね、最後には、我々の方針で進めることで納得してもらいました。

対策工事が終わり、水を貯め始めると、今度は、無事に水をためることができ、我々の判断が間違っていなかったことにほっとする思いでした。

硫黄島の栗林中将が示した姿勢ではありませんが、現場をじっくり見、その上で対策を考え、前例や上司の判断に頼ることなく工事を完成することができた経験でした。

まとめ

逆境に遭遇した際に、先入観にとらわれず最大の効果を上げ得るために必要な姿勢・考え方について事例を紹介しました。

先入観にとらわれない姿は、梯氏が描く硫黄島での戦いにおける栗林中将が示した“先例を覆すには信念と自信、そして実行力”の中に見ることができると思います。

また、私の建設現場での経験でも紹介しましたが、栗林中将が示した、“現場に立って自分の目で確かめるという態度”が、先入観を取り除くうえで必要な行動であると思います。