上司、リーダーの役割

非常時のリーダーには冷静な判断力が必要-建設現場での経験―

高速道路などの重要なインフラが損傷を受け、機能が止まってしまった場合、また、トラブルでシステムが使用不可となった場合など、それらインフラやシステムの原因究明および再発防止策の検討、復旧には多くの人材と時間が投入されます。

非常時に備え、トラブルが起こった場合にどのように対処すべきか、事前に事態を予測し、その対応策を決めておくことが事前の準備として大切です。

そして、いざその時が来た場合には、トラブル対策を率いるリーダーが、的確な判断ができるかがトラブル対応の成否を握ることになります。この的確な判断をリーダーが行う上では、非常時の異常な環境の中でも常に冷静な判断が求められます。

では、どうすれば非常時において人は冷静でいられるのでしょうか。

作家、今野敏はその著書で、殺人事件の捜査本部でのリーダー的役割を担う主人公にその秘訣を語らせています。

私自身も、設備のトラブルの対応のため対策チームに参加したときに、そのチームのリーダーがどうあるべきであるかを学びました。

今回は、今野敏氏の作品と私の建設現場での経験から「非常時のリーダーには冷静な判断力を持つことが必要」について紹介します。

静な判断を行うために常に体調管理を意識する

小説「炎天夢」は、江東マリーナで発生した、グラビアアイドルの殺人事件の捜査を担う、東京臨海署の安積班が主役です。

殺人事件の捜査が始まって数日が立ち、捜査本部では、管理職をはじめ捜査員が寸暇を惜しんで聞き取りをつづけ、その分析を進めています。

解決までまだまだ時間がかかりそうな状況で、安積係長は、山場はまだ先ということで、自分の判断力を維持することに努めています

ここで紹介する一節は、捜査班のリーダーである安積係長が、長引きそうな今後の捜査状況を考慮し、休めるときは休んでおくという方針を部下に説いているところです。

「今日は私と佐治係長が、夜勤をやろう」池谷管理官が言った。

「明日の夜の捜査会議まで私らが見るので、安積係長と相良係長は休んでくれ」

まだそれほど疲れてはいない。だが、休めるうちに休ませてもらおうと、安積は思った。

当番制にしたとはいえ、日中は四人顔をそろえていたほうがいいだろう。そして、明日は安積たちが夜勤をやるのだ。

食事をしてから睡眠をとることにした。捜査本部にいると、そのどちらもおろそかにしがちだ。だが、結局、うまく食事と睡眠をとっている者が頼りになるのだ。

食事を抜くと体力が衰え、睡眠を削ると気力が衰える。

出典:今野 敏著 炎天夢

安積係長は、山場に際して冷静な判断が行えるように備え、食事をとり、寝ることで体力、気力の維持を図りました。

一方で、私が建設現場にいたときには、まったく逆の経験をしました。トラブルに遭遇し、責任感からか、リーダーが休むことを忘れ、すべてのことに関与していました。しかし、トラブル処理の後半の大切なときに体力が尽き、一時戦列を張られなければならない事態となりました。

非常時のリーダーには冷静な判断力の維持が必要

私が30歳代後半で建設事務所に勤務していた際に、事故復旧に当たる対策チームに参加していたときの事例です。

構造物がまさに完成するといった時にその事故が起きました。予定工期まで1月ほどしか時間がなかったと思います。

工期に間に合わせるため、対策チームが設置され、対策チームのリーダーには、判断力があり、技術力を備えたベテラン技術者が選ばれ、私もそのチームの一員になりました。

工期に間に合わせるため、昼夜を通しての工事が始まりました。

リーダーは、自らがほとんどすべてのことを判断しなければならないという責任感のもと、我々、メンバーが作り上げた設計に目を通し、いろいろな注意事項を与えていました。

また、工事現場に立つことも多く、そのリーダーは睡眠時間を削って奮闘する状況が連日続きました。

トラブル対策も、ある程度期間が長くなると、重要な局面か、それとも落ち着いている事態かといった、局面に波があります。

そして私が経験した対策工事の場合も、その山場は、当初の方針決めと最終段階での詰めの工事の時に来ました。特に、最後の締めくくりの工事が難しい作業となっていました。

工事が進み、佳境に入ってくるに従い、リーダーの活力が失われていく様子が皆の目に明らかになってきました。

連日の緊張した業務の連続で、皆疲れていましたが、特に、リーダーはすべてに目を通さねばという意識が高く、その分我々以上につかれている様子でした。

このため、休んでもらうようチームの多くがリーダーにお願いしましたが、責任感の強い人で、何とか職場に出て指示を与えていました。

しかし、工事の終盤近くになると、朝起きてくることが難しくなることもあり、本当に判断をもらいたいときに不在となることもありました。

そのようなことはありましたが、何とか工期に間に合い対策工事は完成しました。

しかし、工事の進め方、特に、“非常時にあたってのリーダーのあり方として、常に冷静な判断ができるよう、対策の局面の波をとらえ体調を管理することが大切である”ことを学んだ経験でした。

まとめ

私の経験に示した通り、最初から全力投球で働くため、体力も気力も使い果たしてしまう状況に陥りやすいのは、責任感の強い人であることが多いようです。

2,3日の対応であれば何とか責務をこなせるとは思いますが、長丁場になった時に、最後の山場で、そのリーダーの判断を仰げなくなるような状況は避ける必要があると思います。

緊急事態といえども、その対策期間の中には、なすべきことの中身に重要度の波があります。

多くの場合は、対策の当初の方針決めと最後の詰めの段階に大きな山場が来ると思います。

責任者が席を空けることができないという気持ちは大いに理解できますが、この波をとらえて、リーダーはしっかり休み、安積刑事が話す「うまく食事と睡眠をとっている者が頼りになるのだ」を、勇気を持って決断する必要があると思います。

また、下にいた我々が、リーダーの信頼を得て、任せてもらえるようになっていなかったことが、もう一つの反省です。