仕事を与えられ、なんとかこなそうと思っていても、なぜか乗り気になれず、仕事が滞ってしまうことがあります。また、仕事でトラブルに遭遇したときに、もう自分では対処できないのではないかと悩んでしまうこともあります。
そんな時、上司のある言葉、ある行動で、「よし、この人が言うんだから一丁やってやるか」と、思い、仕事に弾みがつくこともあります。
では、上司のどのような発言や行動が、部下をその気にさせるのでしょうか。
前回のブログで、部下を育成するための方法として、部下をその気にさせることが大切であると書きました。今回は、部下をその気にさせる方法について触れたいと思います。
今野敏氏は、その警察小説の中で、部下である刑事にやる気を出させる署長の例を書いています。
日頃、反抗的な態度をとっている刑事でしたが、上司の部下に寄り添う対応で、その刑事は、その署長を信頼するようになり、今まで隠していた捜査能力をフルに発揮し、協力的な姿勢で接するようになる事例です。
私も、建設現場で、トラブルに遭遇し、悩んでいたときの上司の一言で、この人となら一緒に完成まで頑張ってみようと思い、工事を完成することができた経験があります。
今回は、今野敏氏の作品と私の建設現場での経験から「部下をその気にさせる発言、行動」について紹介します。
部下の心を動かした上司の行動
小説「果断」は、今野敏氏の隠蔽捜査シリーズの第2弾です。舞台は、主人公、竜崎が署長を務める大森署管内です。
東京都内で、消費者金融を狙った強盗事件が発生しました。犯人が車で逃走したことから、関係個所に緊急配備の指令が出されました。
大森警察署でも、緊急配備の体制を敷きましたが、体制の手薄なところを衝かれ、大森警察署の前を通過した犯人の車を捕捉することができませんでした。
一方で、緊急配備をしている最中に、大森警察署との近くの食堂で、立てこもり事件が発生し、強盗犯の犯人の一人が立てこもり、店の夫婦を人質に取りました。
事件は警視庁の特殊チームが店に突入し、犯人を射殺することで事件はいったん解決したかに見えました。
しかし、大森警察署の刑事、戸高が発したこの事件に関する新たな疑問から、事件は全く違った様相を示すのでした。
事件の再捜査のきっかけを作った刑事、戸高は、日頃の態度、発する言葉から、ひねくれものとみなされ、署長の竜崎もそのような感じを彼に抱いていました。
特殊部隊が突入し、犯人を射殺したことに対し、その対応にマスコミで批判報道がなされる状況になりました。
マスコミにリークしたのが、戸高ではないのか、という懸念を持った竜崎は、その真実を確かめることに尽力しました。その結果、戸高は、マスコミの記者と接触したものの、リークはしておらず、身の潔白が証明されました。
自分に対し疑念を抱いたものの、普通の上司ならまずは手掛けないであろう事実の確認を、署長自らが行ったことで、戸高は、署長に対する感触が何か変わっているのを感じるのでした。
ここで紹介する一節は、署長と戸高のそのときのやり取りとりの場面です。
戸高と関本課長(戸高の直属の上司)が署長室にやってきたのは、午後六時を回った頃だった。
戸高は相変わらず、ちょっと世をすねたような態度だ。関本課長が竜崎の机の正面に立ち、戸高はその脇にいた。
竜崎は戸高に言った。
「東日本の社会部長に確認を取った。情報が漏れたのは堀木という記者のルートではなかった。君を疑うような形になって、申し訳なかった」
関本課長が言った。
「社会部長に確認を——-?」
「そう。古い付き合いなんだ」
「たまげましたね」
戸高が皮肉な笑みを浮かべて言った。「自分ごときのために、わざわざ確認を取ってくださったのですか」
「当然だ。事実を明らかにしなければならないからな」”
(今野敏著 果断)
このようなことがあった以降、戸高は竜崎所長に対する姿勢を改め、また、本来持っている捜査能力をフルに活用して、事件の解決に向かうのでした。
一方、竜崎は、大崎署の緊急配備時の対応のまずさから、責任を取らされ、地方の警察署へ左遷されるのではという噂が流されました。
次に紹介する一節は、そのような噂を聞いた戸高が、竜崎に寄せる思いを語る場面です。
戸高に背を向けて署長室に向かおうとした。戸高が声をかけてきた。
「署長、処分されるんですか?」
竜崎は振り向いた。
「まだ、わからんが、その可能性は高い」
「どこかへ異動になることもあるということですね」
「あり得るな」
「へえ、そいつはつまんねえな」
戸高は。そう言うと歩き去った。
(今野敏著 果断)
竜崎にすっかり親近感を覚えた戸高の「そいつはつまんねえな」の一言が、上司が、部下に対しどのような行動を取るべきかを教えてくれている気がします。
危機時に部下にその気にさせる上司の言葉
私が、貯水池の建設工事に参画し、そのプロジェクトの一部の構造物の責任者を務めていたときの経験です。
そのプロジェクトの工事も終わり、いよいよ水を貯める状況になりました。
水を貯め始めてしばらくすると、私が責任者を務めていた構造物の一部でトラブルが発生しました。このため、水位の上昇を取りやめ、トラブル個所の原因調査と修復工事を行いました。
原因調査と修復工事を終わらせ、直ちに水を貯め始めました。
すると、ある水位に達した段階で、私の担当した構造物でトラブルが発生し、水を貯めることを再度止めざるを得ない状況となりました。
一度ならまだしも、二度までも同じようなトラブルを起こしたことで、その構造物のリーダーとして責任を取る必要があるのではないかと思うとともに、その構造物の責任者を外されるのでは、とそのとき私は覚悟しました。
そのようなことで悩んでいる姿を見たのか、建設所の上司が、私の所へ来て話しかけました。
いろいろ話をした最後に、その上司から「お前をこの現場から出すようなことはしない。この構造物を徹底的に仕上げるまではお前がやるんだ」という言葉か私にかけられました。
その一言を聞き、あらためて、逃げるようなかとは考えず、最後までやり切って、この構造物を完成させてやろう、という強い意志を持つことができました。
その上司とともに、苦労はありましたが、再度の修復工事を完成させ、そのプロジェクトを完成させることができたときの感動は、今でも忘れられません。
部下がひるんでいるときの上司がかける言葉が、部下のやる気を発揮させ、どれだけその気にさせるかを学んだ経験でした。
この経験は、その後、管理職となり、また、会社の社長を務めたときに、部下や社員のモチベーションをアップするうえで大いに役立つことになりました。
まとめ
部下が仕事に向かおうとしたとき、特に、その仕事に対し、後ろ向きであったり、やる気がなさそうに見えたりしたときに、上司はどのような、対応を取ればよいのでしょうか。
今野敏氏の作品で紹介し、私の上司の例でも示した通り、部下に寄り添って、部下のことを考えて、発言する、もしくは行動することが、一番ではないかと思います。
そうすることで、部下からの信頼を獲得するとともに、部下との距離が一挙に短くなると思います。
さらに、そのような上司のもとなら、少し難しいことでも、やってしまおうというやる気を引き起こすのではとも思っています。






