上司、リーダーの役割

リーダーの器の大きさとは-43年の会社生活からの教訓-

どのような人が組織のトップになると、組織としての結果を出すことが出来るのでしょうか。

自ら方針を決め、組織をぐいぐい引っ張っていく人もいれば、普段はおとなしく、積極的にかかわりを持たないものの、いざというときに前に出て組織全体をまとめ、結果を出す人もいると思います。

作家、和田氏は、後者の、いざというときに前に出て結果を出す人物を主人公にした作品を紹介しています。

私も、普段はあまりうるさいことは言わず、危機時にリーダーシップを発揮して部下や関係者を取りまとめ、難局を乗り切った上司の下で働かせてもらった経験があります。

今回は、和田竜氏の作品と私の建設現場での経験から「本物のリーダーが示す器の大きさとはどのようなものか」について紹介します。

リーダーの器-この人のためならやるしかないと思わせる-

小説「のぼうの城」は、豊臣秀吉がほぼ全国を統一し、最後に残った関東の雄、北条氏を責めたときの話です。主人公は、北条家の家臣である成田氏の時の城代家老、成田長親(のぼう様)です。

豊臣家家臣、石田三成が総大将として攻め込んだ時、成田氏は、北条家を見限り、豊臣側に寝返ることを決めていました。

しかし、投降を勧める光成側の使者の許しがたい要求に、それまで何も意見を言わなかった、城代家老の長親が寝返りを破棄し、豊臣川と戦うため、忍城に籠城することを決断するのでした。

長親は、普段の行動から成田家の家臣はもちろん、村の百姓からまでも“馬鹿がぼうぜんとしている”としか見られていませんでした。

一方で、日ごろから百姓のところへ出かけ、百姓の仕事を手伝うようなことをしたりして親しまれていました。また、人物を見ることのできる人たちは、長親の真の姿を認めてもいました。

そのようなことから、長親は、百姓から“のぼう様”と呼ばれ親しまれていました。

ここで紹介する一節は、長親が籠城を決めたものの、数の上では数十倍の豊臣勢に及ばないことから、補助の兵として、百姓に対し、ともに籠城することを要請たときの話です。

長親が決断する前まで、豊臣側とは戦わないと聞いていた百姓は、籠城することに強く反対するのでした。しかし、籠城を言い出したのが、長親であることを知ると—-。

“(百姓の代表 たへえ)「ならば何様が戦をしようなどと仰せになられた」

(成田家一の家老丹波守)「長親だ」

丹波がそう怒鳴りかえすと、たへえは虚をつかれたような顔をした。百姓らも同様である。

わっ。

直後、百姓屋敷は爆笑に包まれた。

こんなうまいシャレはねえや、とでもいうように笑止寸前で身体をけいれんさせながら笑いに笑った。ちよも笑った。子供のちどりさえ笑っている。

「しょうがねえなあ、あの仁(ひと)も」

たへえは、ひいひい言いながら笑いを呑み込み涙を拭くと、ようやく言葉を発した。

「のぼう様が戦するってえならよう、我ら百姓が助けてやんなきゃどうしようもあんめえよ。なあ皆」

そうたへえが一同に呼びかけると、皆、「ああ」とか「ったくよお」などと、とうてい領主の徴発に応じる百姓とはおもえない態度で返している。

赤子が泣いている。どう諭しても泣き止みそうもない。しょうがないから望みの物を与えてやる。そんな調子であった。

恐ろしい領主に引きずられて城に行くのでもなければ、領民を慰撫する物分かりのいい領主を慕って入城するものでもない。それらはいずれも下から上を仰ぎみる思考である。彼らを突き動かしたのは、そんな従順から発する思考ではなかった。

――――俺たちがついてなきゃ、あののぼう様は何もできゃしねえ。

 そんな馬鹿を守ってやるという一種の義侠心が、彼らを突き動かしていた

出典:和田竜著 のぼうの城

 

敵方の重臣ですら意識するリーダーの器

豊臣側の重臣大谷吉継は、少数の籠城兵に手を焼く中で、長親を評して語るのでした。

“吉継には、成田長親の正体が十分に理解できた。
(稀代の将器じゃ)
そう見抜いた。
「みろ、兵どもをみろ。敵も味方もあの者に魅せられておる。明らかに将器じゃ。下手に手を出せば、窮地に立たされるのは我らのほうじゃぞ」”

出典:和田竜著 のぼうの城

普段は、そのそぶりを見せることのない人が、いざとなったときに、組織のトップとしての力量を示す事例です。

この例から、普段、どれだけ組織の中で、信頼される人になっているか、ということが大切であることが重要な点であるとも思います。

普段はリーダーシップをひけらかさない上司

以前にも何回か紹介した、建設現場でのトラブル対応の時のことです。

工期が迫り、寒い冬の時期に、昼夜兼行でトラブル対応の工事を進めなければなりませんでした。

工事が順調に進んでいるときは、その上司は、工程会議や作業の段取りを決める会議でも我々課長以下にほとんど任せ、やりたいように進めてくれといった雰囲気でした。

一方で、そのようなときでも、我々部下はもちろん、工事を請け負っている企業の人にも、また、実際に厳しい環境下で作業をしている人たちにも声をかけ、みんなをねぎらっていることを見かけることが多くありました。

リーダーの器はいかにして大きくなるか

最初のころ順調に進んでいた工事も、厳しい状況下で遅れ始め、いよいよ工期が間に合うか、といった事態になってきました。

いろいろ方策を講じますが、思うようにはかどらず、どうすべきか我々が悩んでいたときのことです。

その上司から「安全大会をやるから工事関係者を全員、作業員も含めて集めてくれ」との指示がありました。

早速、請負会社のほうに連絡を取り、工事を一時止め、作業員から我々まで工事関係者全員を集めた安全大会が開催しました。

そのとき、珍しくその上司が壇上に上がり、これからの工事の難しさ、さらなる作業環境の厳しさのなか、全員一体となって工期内に工事を完遂するよう、皆に話しかけました。

その後、工事の進捗が以前に比べはかどるようになり、何が影響したのか、私は疑問に思い、現場に出て請負の人や作業員の人と話してみました。

すると、皆一様に「何とかこの工事を無事完成させたい。あの人もああ言っているし、課長も頑張ってください」といった、激励に似た言葉を相手からかけられたのでした。

上司のあの時の一言が、こうまで現場の雰囲気を変えてしまうものかと感じ入った経験でした。

そして、危機時に組織を動かずリーダーの器は、日頃から組織のメンバーに寄り添い、信頼を獲得していく中で育まれることを学びました。

まとめ

自分が所属する単位で人をまとめ、成果を出すときには、上からの強いリーダーシップが効果を発揮すると思います。

そして、そのリーダーの能力が評価されるのは、事態が緊急を要するときに組織をまとめ上げることができる、その人の器の大きさであると思います。

しかし、危機時にリーダーとしての能力を発揮するためには、日頃から、組織内の人たちからの信頼を勝ち得る行動を取っているかどうかがカギになります。