上司、リーダーの役割

視野を広げることで問題解決-会社生活43年からの教訓-

何か事を決めようとしたとき、白か黒のどちらかに割り切って考えて判断してしまうと、思わぬ結果を招いたり、壁にぶつかり解決に向かうことが出来なかったりしてしまうようです。

このように、割り切って考えてしまうのは、“広い視野で状況を見ること”が出来ないことに起因するのではないでしょうか。

作家、堂場氏もその作品の中で、一本気な性格から物事を判断しようとする若手刑事を例にとり、広い視野で物事を見ることの大切さを学ぶ大切さについて書いています。

また、作家、池波氏も、江戸時代末期の勤王派と佐幕派との戦いを取り上げた作品の中で、相対する人たちが、白か黒と割り切って事を進めようとする姿勢が強く、日本を取り巻く列強に目を向けない姿勢が問題であることを書いています。

私も、初めて海外事業に携わったときに、いろいろな交渉場面で、自らの側の価値基準で判断し、交渉ごとを進めようとして、相手の理解が得られず、壁にぶつかることがありました。

一方で、海外事業に携わるまでの仕事とは全く違った世界へ飛び込むことにより、視野が広がり、多面的な視野でものごとを判断できるようなったと思っています。

今回は、堂場氏と池波氏の作品と私の経験から「視野を広げることの大切さとそのメリット」について紹介します。

広い視野からの「塩梅」が大切と諭す父親

堂場氏の小説「雪虫」は、湯沢で起きた老婆の殺人事件を捜査する若手刑事の鳴沢了が主人公です。

祖父、父親が刑事ということもあり、刑事になるために生まれたと意識する鳴沢は、他人の意見を寄せ付けず、自分が持つ正義だけを信じて犯人の割り出しに努めています。

父親が、殺人事件が発生した所轄の署長を務めていることもあり、鳴沢はそのもとで捜査を進めていますが、自己を信じる鳴沢は、父親である本部長と意見交換をすることなく捜査が進めていきます。

捜査が進む中で、50年前に起きた宗教団体がらみの殺人事件が、老婆の殺人事件と関連するのでは、という疑問を鳴沢刑事は持ち、その点に絞って捜査を突き進めていきます。

ここで紹介する一節は、捜査本部長としての父親が、融通の利かない息子の姿を見、ものの見方は一つではなく、いろいろな見方があることを語りかける場面です。

「お前にとって、正義は一つしかない」

「当り前じゃないですか。正義がいくつもあったら、その数だけ警察が必要になる」

「そんなに簡単なものじゃない。でもお前は、それを認めようとしないだろうな。認めないで、自分の正義に合わない正義を、自分の尺度に合わせて作り変えようとするんじゃないか

「何なんですか、それは」父の言葉の裏を読もうとしたが、できなかった。言葉の背後には巨大な壁がそびえたち、私が父の素顔を覗き込むのを邪魔している。

「お前の考え方は間違っていると思う。でも、お前のような考え方、生きかたしかできない人間がいることは理解できる。

おまえはどう思うか知らんが、刑事という職業にとって一番大事なのは融通だ。あるいは塩梅だ。お前は、たぶんいつか、壁にぶち当たる。俺はそれを見たくない」

(堂場瞬一著 雪虫)

鳴沢刑事は、父親の説得を振り切り、自分の勘を頼りに捜査を続け、結局、その方向に事件の解明が進み、犯人を逮捕することになりました。

しかし、鳴沢刑事は、父親が諭した言葉「融通」の意味合いについて、事件が解決してからも考え続けるのでした。

白と黒で割り切るだけでは問題は解決できず

池波氏の小説「その男」の時代は江戸末期、舞台は幕末の騒乱が続く江戸、京都です。

主人公の杉虎之介は、幼いころから病弱であり、継母からも疎まれる存在でした。

その様なこともあり、まだ13歳という年にもかかわらず、将来を悲観し川へ身を投じてしまいますが、ちょうどその場を通りかかった剣客、池本茂兵衛に助けられます。

その後、街中で池本の剣豪ぶりを見ることがあり、自分も剣豪となることを決意し、池本に弟子入りを願い許されました。

それ以来6年の月日の修練の後、杉虎之介は、一人江戸に舞い戻りました。

その江戸では、諸外国が日本へ目をつけて入り込もうとしている中で、勤王派と佐幕派が力を合わせることなく、自分たちだけの価値観で血眼となって争っていました。

ここで紹介する一節は、虎之介が、勤王派と佐幕派が争っている姿を見、池本茂兵衛先生がかって語った、日本人が持つ、割り切って考えようとする特性を戒めることばを思い出す場面です。

“池本茂兵衛先生が、私をつれて旅をしてまわっておられたときに、このようなことをいっておられました。

日本人というのは、虎之介。白と黒の区別があっても、その間の色合いがない、白でなければ黒、黒でなければ白と、きめつけずにはいられないところがある。

しかしな虎之介、人の世の中というものは、そのように、はっきりと何事も割り切れるものではないのだよ。

何千人、何万人もの人びと。みなそれぞれに暮しもちがい、こころも躰もちがう人びとを、白と黒の、たった二色で割り切ろうとしてはいけない。

その間にある、さまざまな色合いによって、暮らしのことも考えねばならぬし、男女の間のことも、親子のことも考えねばならぬ。ましてや、天下をおさめる政治(まつりごと)なら尚さらにそうなのだ。

池本先生はね、こんなわかり切ったことが、天下をおさめようというえらい人たちになぜわからないのか——おのれの立場だけを、しゃにむに押しつけようとしても、そこには何の解決も生まれはせぬ——こう、おっしゃてました。”

( 池波正太郎 その男)

顧客のニーズを掴むには視野を広げることが必要

会社に入社し20年間、土木技術屋として現場の建設所や本社で設計関係の仕事をしていました。

そういった意味では、自分の会社の世界の中、さらには、自分が所属する土木部門の中だけで生きてき、その世界の価値機銃しか持たずに育ったと思っています。

そのために、考え方が単純で、いわゆる視野が狭い状況、「井の中の蛙大海を知らず」がずっと続いた状態でした。

20年経った時に、会社の方針として、突然、海外事業、それもコンサルタント事業を土木部門で立ち上げることになり、自分が、そのリーダーとして推進していく役目を担いました。

海外事業ということで、東南アジアを中心に各国の関係者のところへ行き、我々が貢献できるプロジェクトを立ち上げるために交渉事を進めることが多くなりました。

海外に行き始めてすぐに、自分の視野の狭さを痛感することになりました。

自分が持つ技術、また、それが活かされる日本の環境しか知らないために、相手国の今おかれている状況、課題がつかめませんでした。

このため、相手国に提案する内容は、いつも日本が持つ高度な技術が中心でした。相手国からは「われわれはこのような高度な技術はいらない。日本で数十年前に使っていた技術がいま我々には必要なんだ」と言われ続けました。

そこで、我々の視野が狭かったことに気づき、相手国の実情、考え方を勉強するようになりました。

そういった意味で、コンサルの技術一つとっても、各国ごとにその技術レベル、国の状況は異なっており、多くの物差しを持たねばならないことを実感しました。

交渉事ばかりでなく、相手がいる中でものごとを進めようとしたときには、相手の立場、周りの世界の動きなどを良く調べ、実際に、その世界に入って感じることで、視野を広げる、物差しを多く持つことが必要であることを痛いほどに経験しました。

そして、その経験が、その後の会社経営で役に立つことになりました。

まとめ

会社で仕事を進めるときに、一人ではほとんど何もできません。多くの部下、同僚、先輩と一緒になり、また、会社外の人の理解を得ながら進めていくことが必要になります。

そのときに、自分の考えだけを押し通すようでは、どこかで行き詰ってしまいます。常に、相手のこと、周りの世界の状況に思いが至るように視野を広げていくことが必要と思います。

そして視野を広げることで、仕事への興味が増し、充実感を覚えるようになるのでは、と思っています。