今の仕事に疑問がある時

技術情報の共有が会社成長の第一歩

技術情報が会社内でのどのように取り扱われているかは、会社それぞれに考え方があり、多岐にわたっていることと思います。

そのような中で、技術情報が会社内で共有されることは大切なことであると強く言われていることも確かです。しかし、部門の壁があったり、社内のコミュニケーションが不足していたりするために、なかなかに技術情報が社内、もしくは関係者間で共有化されてないのも現実です。

では、情報がある部署に専有化されていることでどのような弊害は生じるのでしょうか。

作家、高田郁氏は、その作品の中で、この情報の共有の大切さについて書いています。

作品の主人公が、秘密裏に開発していた商品の開発が終わった段階で、広くその商品を売り込むためには、秘密を維持するばかりでなく、売り込みにかかわる関係者にその技術情報を共有することが大切であることに気づいた姿を描いています。

また、私が勤めていた技術系のコンサルティング会社では、各部門で技術を抱え込んでいたために、お客様の多様なニーズに応えられないことがありました。このため、経営改革の第一歩の取り組みの一つとして、技術の共有化を掲げ取り組みました。

今回は、高田氏の作品と私の経験から「会社の技術情報の共有化がなぜ会社の成長に必要か」について紹介します。

情報を共有することで商売の拡大を目指す

小説「あきない世傳 金と銀 合流編」の舞台は、江戸時代、浅草寺のそばで反物を売る「五鈴屋」です。

五鈴屋では、新たな絹織物として、今まで世間では売り出されていなかった、小紋染めという商品を新たに開発し、売り出しました。小紋染めはすぐに女性客の心をとらえ評判となり、売り上げも伸びていきました。

しかし、主人公、幸の妹の裏切り、商売仲間の嫌がらせから絹を扱う呉服商いを外され、窮地に追いやられました。

そこで、呉服商いをあきらめ、木綿の反物を商品として商うことにし、商売を細々続けていました。

今一度、商売を軌道に乗せるため、五鈴屋の主人、幸と店の者、型彫師、型付師が一体となって、新たな木綿商品の開発に乗り出しました。

1年以上の反物の図案作成の苦労の末、やっと隅田川の川開きの花火を模した図案が出来上がり、その図案を基に、いよいよ反物の作成と売り出しを始めることになりました。

ここで紹介する一節は、図案作成を担った店の奉公人賢輔、型彫師(梅松、誠二)、型付師(力造)など関係者が集まり、新商品の製作、売り出しに向け、新たな一歩を踏み出す場面です。

新商品の売り出しに向け、染め物師が、主人に、これから多くの商品を売り出すにあたり、これまで図案、作成技術など秘密にしていたものを広めていく必要のあることを語っています。

梅松さん、誠二さん、と賢輔はふたりににじり寄り、声を張った。

「梅松さんの錐彫りと、誠二さんの道具彫りで、型彫していただけるなら、私、もっともっと見事な花火の図案を描いてみせます。」

五鈴屋の抱いた夢は、誠二を迎えたことで、羽を持ち、翼を持って。力強く羽ばたこうとしている。

暇を告げる幸を、力造が呼び止めた。

「七代目、小紋染めの時に組んでいた型付師たちに、両面に糊を置く技を教えても良いだろうか。これまでは何があるか分からねえから、周りには伏せてきたが、ここまで辿り着いたなら、あとは数を揃えることを考えなきゃならねえと思います」

—–一番大事なんは確かな品であること。その次が、売り方と広め方や

何時ぞや聞いた、菊次郎の助言が耳に残る。真似されることを恐れるよりも、本物をきちんとそろえることのほうが大切だった。お願いします、と幸は明瞭に応えた。

(高田 郁著 あきない世傳金と銀 合流編)

 

各部門が技術を占有することで起きた弊害

私が、土木建築関係のコンサルティング会社の社長を務めていたときの経験です。

私が社長になるまでは、会社の仕事は、親会社からの受注が主なものでした。

しかし、親会社からの受注が、この先減少する見通しの中、会社を維持し、さらに成長させていくためには、どうしても、商材を親会社以外の市場で売っていく必要がありました。

このため、外のお客様の多様なニーズを満足させられる商材を開発する必要がありました。

親会社以外の顧客のところに出かけていった当初は、それぞれの部門が自分の部署で持つ技術商材を持って顧客のところに出かけ、営業をしていました。

しばらくそのようなことを続けましたが、それぞれの部門の技術だけを使った商材では、顧客のニーズに合わせることができず、受注が難しい状況であることがはっきりしてきました。

新たに親会社以外の顧客への受注活動が順調に進まないこともあり、その原因を探りました。その結果、判明したことが2点ありました。

第一が、各部門間の縦割りの壁が高く、それぞれで開発した技術情報を抱え込んでしまっていたことでした。

第二が、顧客のニーズを分析すると、一つの部門では対応しきれないものの、いくつかの部門が情報を出し合い、協力すれば、顧客ニーズに適合する可能性があるということでした。

これらのことが明確になったことから、“顧客ニーズを満足させる”ことを目的として、対策を講じました。  

技術の共有化による新商材で会社の成長のきっかけに

 前述の分析結果から、顧客のニーズを満足させ、売り上げを上げる手立てとして2点を考えました。

(1) 顧客ニーズに合わせ情報を会社内で共有する

各部門で持つ情報について、顧客のニーズに合わせ情報を共有することでした。顧客ニーズを項目に挙げ、そのニーズに役立つ情報を各部門から出させることで、どこの部門にどのような技術があるかをだれでもが分かるようにしました。

(2) 顧客対応専属チームの設置

情報を共有するのに合わせ、特定顧客を対象に、かかわりのある部門の関係者が集まり、どのようにその顧客のニーズに応えるかを検討するチームを設置しました。

このような方針を決め、いくつかの顧客を対応に対し営業活動に入りました。

1年もすると、ある特定の顧客にかかわってきた3部門のメンバーが集まったチームで結果が出始めました。それぞれの部門は、学界でも認められ技術をすでに持っており、それらの技術を顧客ニーズに合わせ統合することで、顧客の満足を勝ち得たものでした。

顧客からの要望は、構造物の評価については、構造物の基礎を含め一体化でその安全性を評価したいというのが、顧客のニーズでした。

これまで、建築部門は建物だけ、そして土木部門が基礎だけと分けて顧客に提案していたことから、顧客の満足はそれほど高いんものではありませんでした。

しかし、建築、土木のほか設備の専門部門の3部門が一体となって、その構造物の安全性評価をすることとなり、顧客からの手ごたえは確かなものであり、その後、仕事受注することになりました。

一つの成功例がきっかけとなり、手掛けていたその他の顧客への受注活動も活発化していきました。

さらに、それまで経営側が主導してきた、技術情報の共有化と顧客ニーズへの部門間協力が、それぞれの部門間で勝手に動くようになり、そのチームで働く社員のやる気も上がってきたことには、本当にうれしい思いをしました。

まとめ

会社が持つ技術情報については、その取扱いに慎重になることはやむを得ない状況であると思います。

しかし、その技術を使って商売をしようとしたときには、どうしても秘密にしておいたり、もしくはある部門だけで対応するのでは、商売の拡大は望めません。

やはり、顧客の多様化するニーズに対応するためには、会社内での技術上の共有化が必要であると思います。

また、自分の技術だけでは対応できない場合は、他企業、組織との連携を考え、情報を共有していく必要があると思います。