モチベーションをアップしたいとき

部下の育成では寄り添う姿勢が大切-社長経験からの教訓-

部下を育成することは、上司の大きな役割です。組織が継続的に存続し、さらに成長していくためには長期的な視点で、部下を育成することが大切です。

また、部下その人に取っても、自分が成長していくことを実感することは、挑戦する機会も増え、やりがいを増すものとなるはずです。

それでは、部下を育成するうえでどのようなことに気をつければよいのでしょうか。

作家、青山文平氏は、その著書「泳ぐ者」の中で、主人公と上司の関係から、部下を育成するために、どのようなことに留意すべきか、以下の3点について書いています。

① 部下をその気にさせ、やる気を出させる

② 部下の疑問に適切なアドバイスを与える

③ 部下の話を真剣に聞くなど円滑なコミュニケーション

私も、会社生活の中で、部下の成長という課題に対し、管理職として、また、社長としてそのときの職位に応じた対応を講じてきましたが、青山氏の描く姿勢が、部下の指導では大切であることを実感しています。

今回は、青山文平氏の作品と私の会社生活の経験から「部下の育成において大切なポイントとして、部下に真摯に寄り添う姿勢」について、その具体策とともに紹介します。

真剣に寄り添うことで部下の信頼を獲得

小説「泳ぐ者」は、江戸時代後期の奉行所で監察を担う徒目付、片岡直人が主人公です。

直人は、将来、現在の御家人待遇からお目見えの立場に昇進することを願い、今いる奉行所から、お目見えに昇進しやすい勘定所へのお役替えを希望しています。

そんな希望を持つ直人ですが、上役の内藤雅之は、直人の事件の裏に潜む「なぜ」を追求して止まない直人の姿に、監察役としての能力の高さを評価しています。

そのような中、直人には勘定所へ移る話が出てきました。移りたいと思う気持ちもありましたが、上役である内藤からの助言に応じて、徒目付としての職を続けていきます。

いくつかの御用を通じ、直人の事件を根本から解決しようとしていく能力の高まりにつれ、徒目付としての仕事の一層の関心を持つようになり、将来も徒目付で居続けることを決心するのでした。

直人が、能力を高め、今の仕事に対するやる気を増していった過程には、上役である内藤の適切な指導がありました。

直人に対し、常に寄り添い、話をよく聞き、適切なアドバイスをする内藤の姿は、部下育成の基本を示しているようです。

ここで紹介する一節は、直人が御用で事件解決に向け、いろいろ句了を重ねながら、模索しているときに、仕事を進めやすいように内藤が直人にアドバイスする場面です。

 頼まれ御用のときは、降ってくる内藤雅之があらかじめ仮説を組むのにいる材料を用意してくれていた。

おまけに、材料の山をどんと目の前に置くのではなく、出すべき材料を出すべき順番で出してくれたし、考えずとも好いことを考えずとも好いと曖昧さを残さずに言い切ってくれもした

時も手間もかけずに“なぜ”の的を射抜かなければならない直人にとっては、何を考えねばならないかを示されることにも増して、何を考えないでよいかを告げられるのが助け舟になった。

そこは手を着けずともよいのだと、見切ることができる安堵感はすこぶる大きい。

それによって蓄えられた力を、本筋に振り向けることもできる。だからそうと思い知らされることが重なると、雅之に導かれているような気になったものだ。

(青山文平著 泳ぐ者)

直人が、徒目付として事件の真相を徹底的に洗い出そうと呻吟しているとき、世間では、外国人船が日本に接触することが多くなっていました。

直人にも外国人係への御用替えの話が出ましたが、直人は、外国人係として勤めることより、引き続き徒目付として内藤の下で、事件を追うことを望みました。

その一方で、国難である外国船対応の海防の仕事が国難である、と考える直人は、このまま庶民相手の徒目付でいることが、本当に自分が今なすべき役目であるのか、思い悩むのでした。

次に紹介する一節は、そのように悩む直人に対し、上役の内藤が引き続き徒目付の職を続けることの意義について、直人の納得する形でアドバイスする場面です。

(内藤)「たしかに俺たちは海防のために“なぜ”を追っているわけじゃねえ」

知らずに耳に気が行った。

「でも、海防のためにはなっている」

取るに足らぬ者の、取るに足らぬ動きを見抜くことがか——。

「海防の礎(いしずえ)を築いていると言ったっていいくれえだ」

直人は胸の裡で“いしずえ”という音をなぞる。ずいぶん硬い。ふだん、雅之が口にする洒脱な言葉から洩れる。

「自分の家から火が出たら水をかけない家族は居ねえだろう。水をかけろなんぞと他人からいちいち指図されずとも、一人一人が水桶を手にして動き回る。家が大事だからだ。失っちゃ困るからだ。

大事じゃなく、困りもしなけりゃ、火の粉を避けて逃げるにちげえねえ。逃げりゃ消す者が居なくなる。海防だってそうさ。我も我もと逃げまくりゃあ海防は瓦解する。掛け声をかけても兵が居なくなる。逃げぬ民を厚くするのが海防の壁だ」

今度の“いしずえ”はすっと耳を通る。

「どう厚くするか。国が民に目を配らなきゃなるめえ。放り置いていないのを示さなきゃあなるめえ。飢饉のときの御救いだけじゃねえよ。いざというときに助けるのは当たりめえだ。ふだんから国が見ているのが伝わることが肝なのさ。—–」

(青山文平著 泳ぐ者)

今の徒目付の仕事が、いざというとき備え、国防を支える庶民のためになしていることを、直人の立場に立って話をしています。

内藤のとった行動は、まさに、部下の悩む姿を見て、適切な言葉をかけ、悩みを取り払うばかりか、一層、今の仕事にやる気を持たせようとする上司の姿勢だと思います。

地道な部下への対応で信頼を獲得

このブログで何回か紹介した、土木建築関係のコンサルティング会社の社長を務めたときの経験です。

会社の事業立て直しのため、社長就任とともに経営改革を始めました。

それまでの仕事のやり方を大幅に変えることもあり、社員にとっては、改革のペースに合わせて仕事を進めることがしんどく思っているのではとの懸念もありました。

そのようなこともあり、改革の意味合いを社員に説明する懇談会を何回か設けましたが、その席でも、改革に後ろ向きな発言が多く聞かれました。

そのよう状況の中、改革を進めていきましたが、しばらくすると、自分の仕事に関わることに関し、改革との整合性が取れない点を、個別に指摘してくる社員が現れました。

「どうしても、改革の中でやろうとしていることが、今の仕事には適しておらず、改革を一部見直すべきだ」といった意見が出てきました。

やり始めた改革も方向性が見えてきたこともあり、その方向を改める意思は私には全くありませんでした。しかし、このような人たちこそ、改革に参画させることが重要なことと考え、対応を図りました。

取った方策は、反対意見を持つ当該社員の一人ひとりに対し、丁寧に対応し、進むべき方向性について納得感を持ってもらうことでした。

このため、改革で会社はどのように変わろうとしているのかなどを説明し、仕事の整合性をどのように図るか、その社員と議論しました。

一回では納得感が得られないようなので、何回かそのような議論を繰り返しました。

ある時から、その社員からは、特に、反論は出ることがなくなり、改革の方向性に沿って仕事が動き始めたことを確認しました。

若い時に経験した、悩んでいる部下に対しどう対応するのがよいかの教えを、今度は自分が部下に対し実施した経験でした。

その会社を去るときにその社員からもらったメールには「今の会社があるのは社長の熱意と行動力のおかげだと思います」と書いてありました。

まとめ

部下を育成することは上司の重要な役割ですが、その方法については、いろいろやり方があると思います。

そのような中で、一番に留意すべきことは、部下に寄り添い、仕事に対し部下にその気になってもらうことだと思います。

具体的には、一対一の意見交換の場を設け、コミュニケーションを取り続けることなどが方策として考えられます。

そして、部下が成長していることを感じるようになれば、会社は活性化し、その人も充実感を感じるようになり、双方にとって良い状況がつくられることと思います。