啄木鳥の 初打ち響く 明けの空

小鳥の鳴き声は、だいぶ前から聞こえていましたが、三月に入り、日の出前に家のそばの林では、啄木鳥が木を打つ音が聞こえるようになりました。
さて、本題です。
プロジェクトを任され、推進しているとき、さらには、新たな事業を立ち上げ進み始めたときなどに、大きな課題に遭遇し、解決策に自信がなかったりして、つい、「ここまでか——」と思ってしまい、先に進むことを諦めてしまうことはありませんか。
せっかくあるところまで来ているのに、諦めてしまうのはもったいないことだと思います。
それでは、どうしたらよいのでしょうか。
問題解決にあたって、難しいとは思いながら方策があるならば、まずやってみることが、その課題を解決する手段となると思います。
作家、城山三郎氏は、その著書「男たちの好日」のなかで参考となる事例を書いています。主人公が進める事業が、外国企業の進出にその存続が危ぶまれ、手詰まりの状態に陥った
ときにとった主人公の行動がその事例です。
窮地に陥った主人公は、解決策の実施が困難と思いながらも、その方策を携え大手企業のオーナーの所へ飛び込んでいきました。タイミングよく、その方策が、そのオーナーが考える方策との一致を見たことで、主人公が考えていた地域全体の組織の改革が前に進むことになりました。
私も、海外コンサルタント事業の責任者になったときに、どのように手を付ければよいのか皆目見当がつかず、困惑したことがあります。
上司のアドバイスで、まずは関係機関に愛を運んでみようと思い、国内の国際事業を担う機関に顔を出すことにしたところ、話が進み、海外へ出ていく足がかりをつかむことができました。
さらに、作家、楡周平氏のさくひん「プラチナタウン」から、高齢者を対象とした夢のタウンの建設を計画、実行していく主人公とその協力者の、難しい事業に挑戦する姿を紹介します。
今回は、城山三郎氏と楡周平氏の作品と私の経験から「まずやってみることが課題解決の秘訣」と題して、事例を紹介します。
カギを握る人物の所に飛び込むことで問題解決のきっかけをつかむ
城山三郎氏の著作「男たちの好日」は、明治後期から昭和初期にかけて、電気化学工業を興すことに一生涯を賭けた、牧玲睦が主人公です。
千葉外房の網元の息子として生まれた牧は、地域で行われていたヨードを産出するためのかじめ焼きの事業に参加します。
事業に参加したものの、海外から安いヨードの参入で事業の存続が危ぶまれたことがありました。しかし、事業の継続を諦めることなく、その対策として地域のかじめ焼きを行う地域の企業を集めて株式会社を興すことで海外勢に対抗し、その難局を乗り切りました。
その後、彼は、ヨード事業から化学工業に事業を展開するようになり、事業に必要な水力発電所の建設にも従事するなど、電気化学工業を「国の柱」とすることを目標にその一生を捧げました。
ここで紹介する一節は、かじめ焼きによるヨード生産が外国企業に参入で、ヨード事業の継続が危ぶまれた、まだ牧が若い経営者時代の話です。
主人公が携わる沃度(ヨード)事業が、昭和初期、外国からの安い商品の進出でその継続が危ぶまれたときのことです。
彼は、自分の会社一社で立ち向かうよりも、地域の同業者が協力して事業を一本化すれば、外国企業とも対応できると考えましたが、同業者からは、若い主人公の方策をすんなり受け入れる姿勢が見られず、難題が重なりました。
そこで、主人公は、まずはやってみることが大切ということで、幼いころからの友人、花野木のアドバイスもあって、最後の頼みとして大手のヨード事業者のオーナーの所へお願いに行きます。
(花野木)「大手といえば、今度は杉井市兵衛を口説き落としたら」
(牧)「杉井を?」
杉井の工場は、はじめから考えてもみなかった。先方は歴史も古いし、房州へ出てきているのはその一拠点にすぎず、規模も一回りも二回りも大きい。杉井に牧がひとのみにされる心配はあっても、牧から杉井をのもうなどとはーーーーー。
話を持ち出せば、先方では、ふき出すか、怒り出すか、いずれにせよ、歯牙にもかけまい。
牧が首をかしげていると、花野木は、
「やってみたらいいじゃないですか。うまく行けば拾いもの。失敗して、もともと。それに牧さんは、だれにも『やあやあ』という主義じゃなかったのですか。おもしろいですよ」
「なるほど。だれにでも『やあやあ』か——」
「やってみなさいよ。成功すりゃ、みんな一度に牧さんになびきます」
「うん——」
「考えることはありませんよ、牧さん。考えるのはにが手でしょう。とにかくやってみたら」
花野木は、なお、けしかえる。
———-
「よしやってみるか」
無茶な話だが、花野木が参加第一号をきめてくれたこともあり、その景気づけぐらいの気持で出かけてみよう。
(城山 三郎著 男たちの好日)
さっそく牧は、杉井の会社に出かけました。杉井は牧の話を聞き、「思い切った話」といいながらも、「自分も牧のように単身乗り込みが好きで、そのおかげで、今日の日がある」
と話してくれました。
さらに、杉井は、房州でのヨード事業を手放し、新たな事業の力をそそぐことを考えていたこともあり、即座に、杉井は牧の話に理解を示し、牧の目論んだ株式会社が成立しました。
難敵と思っていた相手の同意を得、まずはやってみるの気持ちで挑戦したことが結果に結びついたものでした。
飛び込み営業で活路を開く
私が40歳の中ごろになったときに、ある部門で新たな試みとして、海外事業、それもコンサルタント事業を展開しようということになりました。
そして、私がその事業の立ち上げの責任者に指名されました。
その部門はもちろん、わたし自身も海外での事業の経験はなく、どのように事業をスタートさせるか、悩む日が続きました。
何か始めなければという思いから、同じ会社の他部門で、すでに海外事業を始めていた先輩のところに相談に行きました。
すると、その先輩から、「どうせ社内に籠っていても何も進まないんだから、社外の国際協力や支援をしている日本国際協力機関(JICA)や関係する役所の国際部門を訪れるのがよいのでは」と言われました。
このようなプロジェクトに参加したいといいう具体的な計画はありませんでしたが、ともかく、これまで発電所の建設や、維持管理で築き上げてきた技術情報をもち出かけることにしました。
海外コンサルティングを経験したことがない人間がJICAなどの専門機関へ行って話をしても、取り合ってもらえないだろうなと、先方の関係者に会うまで不安を抱えながらの訪問でした。
前に進むためには、行動するしかないという思いで「思い立ったが吉日」を実践しました。
海外関係機関の担当の方にお会いし、我々が持っている技術を海外、特に東南アジアの発展途上国で活用できないかといった話を、持っていった資料をもって説明しました。
すると、先方からは「今まさに、東南アジアの 発展途上国では、そのような技術を必要としており、目下の課題となっている」という話がありました。
話の中で、そのような発展途上国に「専門家」を派遣することができないかという相談がありました。
これは渡りに船ということで、これをきっかけに、一番ニーズの高い国にその技術の専門家をまず送ろうということで、その日の話は終わりました。 その後、いろいろ相談し、専門家派遣の話が具体化し、自分のグループから人材を選び派遣の準備を進めました。
その結果、1年後にはJICA の専門家として、我々の仲間を派遣することができました。
これを契機に、JICA,JBIC(国際協力銀行)とも話が進み、他の国にも専門家派遣が拡大し、その専門家派遣を契機に関係機関との交流も頻繁となり、コンサルティング案件にも参加できるようになりました。
また、派遣した専門家を核にして、われわれが支援できるプロジェクトを立ち上げることもできるようになり、そのような関係の中で、プロジェクトに参画することもできるようになりました。
新たな事業を展開しようとしたときに、いろいろ検討し悩まず、まず動いてみることで、事業が動き出し、さらに事業を拡大することができた経験でした。
一歩を踏み出さねば始まらない
作家、楡周平氏の作品「プラチナタウン」は、エリート商社マンから町長に転身した、山崎が主人公です。
高齢化が進む地方を舞台に、そこに高齢者が夢を持って暮すことができ、さらには、若者をも集めることができる夢のタウンを計画し、実行していく主人公と、それに協力する人々の姿を描いた物語です。
ここで紹介する一節は、山崎がタウンの開発を請け負うこととなった、退職した商社の先輩を連れて、町が以前工業用地として開発した広大な敷地を視察したときの、川野辺のこれまでの商社マンとしての活動への反省と、今後のタウン開発に夢を託す姿を描いた事例です。
(川野辺)「新しいことを始める先駆者には、大変なエネルギーが必要です。成功を信じて前進し続けなければ事は成し遂げられません。それが実現するまで、何年かかるか分からない。でもね、その一歩を踏み出さないことには何も始まらないんですよ。
今は当たり前にあるテレビだってそうです。発明された当初は受像機があっても放送局がなければただの箱だし、電波の中継局も国を網羅するだけ造らなければならない。放送局をつくるためには、目の玉が飛び出るほどの金がかかるし、肝心の受像機が普及しなけりゃ意味がない。
考えるだに気が遠くなるほどの、果てしない道のりにして不確実極まりないビジネスだったはずです。
ですが、テレビが今日あるのは、今日ある姿を信じて、第一歩を踏み出した人間がいたからでしょ。誰かが始めないことには、何も起こらない。そして結果もまた誰にもわからない。
ただ、一旦成功すれば、必ずそれに続く人間が出てくる。世の中はそんなもんです」
(山崎)「いや、おっしゃる通りです。千里の道も一歩から。そうですよね、川野辺さん!」
(楡 周平著 プラチナタウン)
まとめ
新たな事業とか、何か重要なことを始めるとき、将来の課題ばかりが頭に浮かび「ああすべきか、こうすべきか」悩む機会が多くあります。
結局、悩んでいても事は動かず、ましてや、その事をあきらめた場合には、後で後悔を伴うことになることは必至だと思います。
悩む前に、”まずは一歩を踏み出すことで、物事が動き出す”ことが大切で、私自身も、まずは動きてみることの大切さを学びました。






