上司、リーダーの役割

知ったかぶりの危険性

重要な課題解決のための会議に参加したとき、また、上司が部下から判断を求められているときなどに、判断するうえでどうしても自分の知らない事実に出くわすことはよくあり事ともいます。

このようなとき、とくに、上司と部下の関係のようなときには、つい、自尊心が働いてしまい、わからないことがあっても、そのことを口に出せず、大事なことを聞くことができず判断をしてしまうことがあります。

その結果、判断を誤ってしまうことが往々にしてあるようです。

作家、今野敏氏は、その警察小説の中で、警察署の副署長が、ある事件の捜査の過程で、最終判断すべき署長から学んだ経験を書いています。

それは、その捜査で最終判断をすべき署長が、事件に関し分からないことを素直に認め、知ったかぶりをせず、自分が知らない事実と向き合おうとした姿勢でした。

まあた、作家、山本一力氏も江戸時代の江戸下町を舞台にした小説の中で、知ったかぶりの弊害を書いています。

私も、35年近く勤めた会社から実務経験のない会社に転職したときに、同じような経験をしました。

その職場では、トップとして知らないことは知らないものとして、積極的に聞いて回る姿勢をとったことで、判断を遅らせることなく、また職場の雰囲気を風通しの良いものにすることができました。

今回は、今野敏氏と山本一力氏の作品および私の経験から「知ったかぶりの危険性」について事例を紹介します。 

知ったかぶりをしないトップ

今野敏氏の小説「署長 シンドローム」は、今野氏の代表作である「隠密捜査シリーズ」に繋がる作品です。

大森署署長として、数々の事件について、先頭を切り解決に導いてきた竜崎氏の後に署長に就任したキャリアの藍本小百合署長が主人公です。

ある日、その大森署に東京湾の海上での武器と麻薬の密輸取引の情報が入りました。

警視庁本部から組織犯罪対策部の部長が参加する前線本部が置かれ、その密輸犯の捕獲に大森署をはじめ、関係部署の人間が集まりました。

大森署の名物刑事である戸高刑事の聞き取り調査や厚生省の麻薬取締役官からの情報をもとに、その密輸がおこなわれる現場の特定と密輸人の取り押さえに署長以下努めます。

ここで紹介する一節は、大森署の名物刑事である戸高がその密輸の現場で、犯人の取り押さえを終えた後に漏らした、事件の今後に不安を抱かせる言葉に対する、藍本署長の反応です。

 (戸高)「どうも、気になるんですがね‐—」

署長は戸高を気に入っている様子だ。戸高に競艇の手ほどきを受けているという噂もある。だから、戸高は遠慮する様子もなく署長に話しかける。

(貝沼:大森署副署長)「気になるって何が?」

「数です。奇数なんですよ」

(藍本署長)「何を言ってるの?」

貝沼にも、戸高が言っていることが理解できなかった。

戸高が言った。

「取引は、売り手と買い手、同じ人数で行うはずです。—–」

貝沼は声をひそめて言った。

「それは考え過ぎじゃないのか」

———-

「今の話、どう思います?」

藍本署長はびっくりしたように貝沼を見た。

「私にわかるわけないでしょう」

「心に留めておくとおっしゃいましたよね」

「ええ、配慮しておきますよ。ただそれがどういうことなのかはわかりません」

貝沼はうなずいた。ここで知ったかぶりをしないのが署長らしいと思った。知らないことを知らない、わからないことをわからないと言うのはなかなか難しい。

 人はわからないのに、わかった振りをしがちだ。前の署長もそうだったが、藍本署長には、それがない。

 それはもしかして、大きな強みなのではないかと、貝沼は思った。

(今野 敏著 署長 シンドローム)

事件は、いったん複数人の逮捕で解決したように見えましたが、一人逮捕できない人物がいることが判明し、戸高の話していたことが重要な視点となりました。

知ったかぶりで恥をかく

知ったかぶりで大恥をかくこともよくあることです。

作家、山本一力氏も、江戸時代の江戸下町を題材にした作品「つばき」の中で、長屋の大家の隠居が、知ったかぶりをすることの弊害の例を紹介しています。

 転失気という言葉が唐土(もろこし)にある。

古い医学書に出てくる用語で、屁のことだ。ある寺の住持を診察した医者は、帰り際に問いかけた。

「転失気」はおありか?」

転失気を知らないと言えぬ住持は、うろたえながらも、ありませんと答えた。

ならばそのように薬を調合しましょうと言い残して、医者は帰った。

自分が服用する薬にかかわることだ。慌てた住持は小僧を呼びつけた。

「おまえは転失気があるのか」

「なんです、てんしきって?」

「あれだけ教えたのに、もう忘れたのか」

散々に小言を言ったあと、医者から薬をもらう前に聞いてこいと命じた。

小僧はこだわりなく転失気とは何かと、医者にたずねたらーーーーー。

「転失気とは、屁のことだ」

意味を知った小僧は、住持は知らないのだと見抜き、いたずらを思いつく。

「転失気が何であるか分かったか」

「はい。盃のことだそうです」

「なんとーーーーー」

呑むという字は、天に口と書く。

転失気とは天の酒器ーーーーー。

なるほど、天酒器かと住持は得心した。

「二度と忘れてはならんぞ」

小僧に小言を言った翌日、ふたたび医者が往診にきた。

「じつは昨日は考え事をしておったもので、ついつい違う答えをしてしもうてーーーーー」ひと息おいてから、

「粗末なモノですが、転失気はあります」

「それはまたーーーーー」

医者は返事に詰まった。

住持はかまわずに、したり顔で、

「よろしければこの場でお目にかけたいが、いかがですかなあ」

(山本 一力著 つばき)

分からないことはきちっと聞いて判断する姿勢

 私が、30年以上務めた会社を退職し今まで私が経験したことのない事業を展開する会社の工場長に就任したときの経験です。

工場長として、生産現場のトップに立つことも初めてならば、扱う事業も初めてで、わからないことが多くありました。

そのような中、製品を生産中に設備にトラブルが生じ、社会社に迷惑をかける事態が発生しました。

設備のイロハを聞いている時間もなく、スタッフが調べ上げた原因について何も疑問を持つことなく、部下が取りまとめた対策を承認し、工場の安全を監査する役所に報告を上げました。

すると、役所の担当から「これまでのトラブルに対する対応が、事務所としてなっていない。再度検査を実施する」との、強い指摘を受けました。

数日後に検査があるということで、再度、トラブルの原因を聞くとともにその対策をスタッフから聞きました。

すると、今までの私のダム建設他の経験から、これでは監督官庁の検査官に納得してもらうことはできないのではと気づくことがいくつかあり、早急にその対応をとることを指示し、検査に備えることにしました。

検査官が事務所に来て、検査が始まりました。どのような評価が下されるのか心配でした。

しかし、検査が終わり、検査結果の講評がおこなわれました。いくつか、まだ対応しなければならない項目は残りましたが、厳しい評価はなされずにその検査を終えました。

トラブル当初に事業のことがほとんどわからないからということで、詳しくスタッフから話を聞くことなく、その後の対応を許可してしまったことを強く反省しました。

このトラブル対応以降は、細かな事でも、わからないことは徹底的に所員に話を聞くようにし、現場も頻度を上げて視ることを励行しました。

そのような行動をとり始めて気が着いたのですが、よく話を聞く、とくに、わからないことを現場のスタッフに直接聞くことを繰り返すうちに、事務所職員とのコミュニケーションを善くなり、事務所の職員間のコミュニケーションもよくなっていることに気づきました。 

まとめ

プロジェクトのリーダーをやっているとか、組織のトップを務めていると、これはどういうことかな、とわからない状況で判断を迫られることがあります。このようなときに、つい自尊心から即座に判断してしまい、よくない結果を招くことがあります。

今野敏氏、山本氏の事例と私の経験から、何かわからないことがあって判断せざるを得ないときは、謙虚な心持をもって、よく話を聞いいた上で、判断し、指示を出すことが大切であると思います。