今の仕事に疑問がある時

実戦に生かす技術

ある読者の方から、文章ばかりで味気ないというご意見があり、今回から、趣味で続けている写真と俳句を取り合わせた作品もいっしょに掲載することにしました。

今回は、酔芙蓉を題材にした句です。

朝に無垢 夕に色気の 酔芙蓉

七年ほど前に、八尾の風の盆に出かけたときに買ってきた酔芙蓉が今年はしっかり咲くようになりました。朝一で見る酔芙蓉は、その名の通り純白でした。夕方になると、ほんのりピンク色。まさに酔芙蓉でした。

さて、本題です。

サラリーマンが仕事をしていると、新たな課題に挑むためなどの利用から技術を磨く機会が多くあります。自ら研鑽する場合や会社から指名されて特定技術を磨くこともあるかと思います。

では、サラリーマンにとって技術を磨くことの目的はどういうところにあるのでしょうか。

作家、今野敏氏は、その作品の中で我々に参考となる話を掲載しています。

犯罪に立ち向かう刑事の立場から、剣道の技術を磨く目的として、試合に勝つことではなく、事件の実戦に役立つことに主眼をおく主人公の姿を描いています。

私も、社長に就任して以来、新たな商材の開発を進めてきましたが、開発を担う技術者の意識が自らの満足を達成するために注がれ、技術の実戦の対象である、顧客ニーズへの対応意識が低い状況を見、その是正に努力した経験があります。

今回は、今野敏氏の作品と私の経験から「実践に生かす技術とは」について、紹介します。

刑事の実践の場で剣道を役立てる

小説「暮鐘」から「実践」は、今野敏氏の警察小説安積藩シリーズの一冊です。そのなかの「実戦」は、安積班の刑事黒木が主役です。

東京湾臨海署管内で10名近いぐれた若者たちによる乱闘騒ぎが発生しました。傷害の恐れがあるということで、安積係長と黒木刑事他1名が現場に向かいました。

現場では、既に乱闘騒ぎの真っただ中で、血まみれになって戦っている若者たちの姿がありました。そばにいながら手を出すことを躊躇する、地域警察署の警察官を見、黒木は警棒を手に一人その中に飛び込んでいきました。

あっという間に10名の戦闘能力を抑え込んだ黒木の姿に安積係長は感心するのでした。

話を聞くと、黒木刑事は剣道五段の猛者であることが分かり、安積はなぜ、自分にそのことを隠していたのかと疑問に思います。

その活躍を聞いた署長から、黒木を他警察署との剣道の試合に参加させるよう、安積に話があり、安積は、黒木が研鑽を積む剣道について話をするのでした。

ここで紹介する一節は、安積が黒木に「なぜ剣道五段であることを秘密にしていたのか」聞いたときの、黒木の答えです。

(安積)「俺はおまえが剣道五段だとは知らなかった。須田(黒木の先輩パートナー)以外の係員たちも知らないと思う」

(黒木)「はい。須田チョウ以外の人には言っていません」

「隠していたのか?」

「はい。秘密にしていました」

「なぜだ?」

「刑事になりたかったからです」

「そうか。剣道五段ともなれば、特錬や武道専科に引っぱられかねない。そうなれば、配属先は機動隊ということになる」

「ですから、巡査拝命のときから段位については何も言いませんでした。さらに自分は、試合の技術ではなく、実戦にこだわりたいと考えています」

 「試合と実戦とは違うということか?」

 「試合には試合の難しさがあります。ですから稽古が必要なのです。自分は、試合で勝つことより、刑事として剣道を役立てることを常に考えています」

その話を聞きながら、安積は速水(安積の同僚の交通機動隊小隊長)の運転技術を思い出していた。リラックスした姿勢で高等運転技術を難なくこなす。あれこそが警察官としての実践だ。

そして、黒木の制圧の技術も同様だ。

(今野敏 暮鐘)

ここで紹介した事例は、サラリーマン生活における技術の研鑽にも参考になる話であると思います。

商品を開発するために技術開発を進める目的は、顧客のニーズに応えるという、企業が立ち向かう実践の場でなされる必要があります。

次の事例では、私の経験から顧客ニーズに対応しようとした場合に見られた技術者意識の問題とその対策について紹介します。

技術開発も顧客ニーズに応えてこそ価値がある

ここでの事例も、これまでに何回か紹介した、私がコンサルティング会社の社長を務め、 会社の停滞状況を抜け出すため売り上げの拡大を狙ったときの経験です。

私が社長を務めた会社は、ある会社の土木、建築、電気関係の設計などの技術部門を担う 子会社でした。

私が社長就任当時、親会社からの受注が急減するという事態に会社は陥っていました。このため、売り上げの確保、さらには、拡大を目指すことが私の大きな責務となりました。

30年以上、親会社が開発する設備の設計や、既設設備の安全性評価の一部を担ってきたことから、会社内には、高度な技術を有する技術者が多く存在していました。

このような高い技術を持つ技術者がそろっていることから、会社の売り上げの確保、拡大のためには、これらの技術者を活用し、親会社以外の企業にその技術を使った商材を売り込むことが可能と考えました。

しかし、そこには大きな課題が2点、存在していました。

一点目は、経営が落ち着いていたときには、技術を磨くことに比較的時間的な余裕があったこともあり、自らが担った技術については、とことん精度を高めることにやりがいを感じる技術者が多くいました。

このため、商材の開発に際しても、時間と費用が大幅にかかり、利益を上げることが難しい状況となっていました。

二点目は、技術に自信を持っていることから、自分が開発する商品ならば、絶対、顧客はその商品に目を付け、買ってくれるはずだと思い込んでしまっていることでした。

このように、自分を満足させることに終始し、顧客のことまで思いが至らない状況になってしまいがちで、顧客から「良い商品とは思うけど、うちで使おうとは思わない」と言われたこともしばしばありました。

これらの課題に共通する問題点として考えられたのが、顧客ニーズに何とかこたえようとする意識が見られないことでした。

まさに、会社として、顧客に向き合っていく世界の中で、外との戦いに目を向けず、自分の中に閉じこもってしまっている状況でした。

このような社員の意識が、売り上げ拡大を目指すうえでの大きな課題であることが明確となり、社員の意識を変える対策を講じました。

まずは、我々が打って出ようとしている市場の顧客がどのようなことに困っているのか、どのようなことを改善したいか、といったニーズの掘り起こしから始めました。

そして、ニーズの把握を進めながら、技術者の意識を顧客に向かわせるという、まさに実戦に挑む姿勢を植え付けることを積極的に進めました。

営業担当と一緒に、技術系社員を顧客のもとに通わせたり、顧客からの満足度調査を実施したりし、顧客のニーズを知ることを習慣化できるようにしました。さらに、意識変革のための研修も行いました

その結果、親会社以外の会社からの受注も増え始め、その成功体験が、社員の意識を後押しする結果となり、2年ほどで、親会社以外からの売上高が50%を超え、当初の目標をクリアすることになりました。

まとめ

 今回は、今野敏氏の作品から、剣道五段の実力を持つ刑事が、なぜ、剣道の技術を磨いてきたかといいう事例を参考に、我々サラリーマンが技術を磨くことで目指す目的はどうあるべきか、といった点について紹介しました。

刑事の実践は、犯人逮捕ですが、我々サラリーマンにとっての技術は、より難しい問題の解決や新たな商品の開発に使われることが多いかと思います。

そのようなときに、対象とする相手は、会社の価値を評価してくれる世界であり、この世界の中で、競合に負けずに市場に受け入れられる商材を提供していくことが、技術者に与えられた使命であると思います。

そして、自己満足に陥らず、実戦を意識した技術の研鑽でなければ、その世界についていくことができないのが実状と思います。