上司、リーダーの役割

リーダーの役割、部下を信頼し、任せる-会社生活43年からの教訓-

会社をはじめどのような組織においても、メンバーにやる気をもってもらうことは、本人にとってもモチベーションが上がるとともに、組織全体としての効率も上がり、成果もより素晴らしいものになります。

では、社員にやる気を出してもらうためにはどうしたらよいでしょうか。

前回紹介した「リーダーの役割、方向性を示し共に進む-社長経験からの教訓-」では、その解決策の一つとして、作家、江上剛著「奇跡の改革」の一節を紹介しました。

その組織のリーダーが、メンバーにいかにやる気をもって仕事をしてもらえる状況を作るか、方向性を明確に打ち出すことが大切という話を書きました。

今回は、いま一つのメンバーにやる気を出させる方策を紹介します。

山本周五郎著はその著書、「さぶ」の中で、友人通しが一緒になってものごとを進めるためには、友人を信頼し、任せることが大切であると書いています。これは、同じ目的の仕事を進めるうえでの上司と部下の関係につながる話だと思います。

また、私も、上司から任せられたことで、思う存分自分の力を出せた経験があります。

今回は、山本氏の作品と私の若い時の経験から「リーダーの役割としての部下を信頼し任せることの大切さ」について、紹介します。

リーダーは、部下を心から信頼しなければ仕事は動かず

小説「さぶ」は、幼い時からの友人で、共に表具師として働くさぶと栄二が主人公です。

二人は、経師屋で働いていましたが、あるとき栄二は無実の罪に落とされてしまいます。何とかその真実を明らかにしようと、栄二は奮闘していましたが、現実は思うようにいかず、寛政2年(1790年))に設立された石川島の人足寄場に送られることになってしまいました。

栄二は、無実の罪を着せられ、人足寄場に送られたことで、生活そのものがすさんでいきました。そうした中、永くその人足寄場にいる仲間から、その寄場を管理する役人の噂を耳にしました。

その役人は、通常の奉行所役人と異なり、真摯な姿勢で人足達に接触し、自立性をはぐくませるため、常に努力を常にしていることを聞くのでした。

そのときは、その話に反抗した栄二でしたが、次第に、その人足寄場での自立的な生活に

馴染むにつれ、頑なな心を開いていきます。

ここで紹介する一節は、人足寄場の与平が、栄二に人足寄場の役人が語る、自律に向けた寄場のあり方を語る場面です。

栄二は聞いたことの仔細を理解しようとするように、じっと息をひそめていた。「その、—」と栄二はきいた、「お上からそんな金や米が来るというのは本当ですか」

「それがこの寄場の特別なところです」

江戸市中には田舎から出てきた者や、天災、貧困、性格などから、多くの浮浪者や小泥棒などが絶えない。そのほか牢を出たが職も身寄りもない者などを集め、これらに手職を与え、賃金を貯えさせ、機会があれば市中へ出て、一般市民と同じ生活のできるような人間にする、というのが人足寄場のたてまえなのである、と与平は語った。

「また。—– その御趣意に誤りのないようにするためには、役人集もそれにふさわしい人が選ばれなければならないというわけです」

したがって、役人は人足たちに何かを強制したり、無理なことを押しつけたりすることはない。そうなると、こっちもわがまま勝手なまねばかりはしていられず、しぜん自分のなすべきことを進んでやるようになり、いつしか無理なしに、それぞれの持ち場が決まった

出典:山本 周五郎著 さぶ

人足寄場を管理する役人の、集まった人足を信頼し、むりを押し付けず、任せる努力が、結局、人足たちの自立を促すことになりました。

役人が語る言葉は、まさに、組織における自律的な人間の育成に関する重要な点であると思います。

私も、若い時におなじ経験をしました。

リーダーの任せる姿が部下のやる気を高める

会社へ入社して間もなくの建設現場での経験です。

私が所属したのは、水力発電所建設プロジェクトで、私自身は、ダムに付帯する構造物の設計を任されることになりました。

数名単位のチームでいくつかの構造物を設計するため、それぞれのメンバーが異なる構造物の設計に従事していました。

皆忙しく業務を進めており、いくら若いからといって、おいそれと上司に疑問点を問うこともできない環境でした。このため過去の設計例や構造力学などの本を読み、設計を進めました。

任せられたものの、初めてのことでもあり、不安も多くありました。しかし、若いながらも一丁前に一つの構造物の設計をやらせてもらえるといううれしさもあって、夜遅くまで作業に没頭したことを覚えています。

上司もかなり任せることに不安があったと思いますが、最後は私を信頼し、任せてくれたものと思っています。

そして、苦労の末に設計が終わり、その設計図に基づいて構造物が構築され、完成した姿を見た時は、これが、自分が作ったものなんだと強く感動したことを今でも覚えています。

そして、任せてもらうことの喜びを知った初めての経験でした。

社長が示す社員に任せる姿勢が社員のやる気を向上

そのような経験があったことから、会社を経営する側になってからも、極力人に任せることを進めてきました。

会社が停滞状況にあった時に社長に就任し、会社の経営を安定させ、成長軌道に乗せるため、経営改革を実行しました。

数年である程度まで会社の経営が好転し、社員の処遇も改善することができました。一方で、処遇が改善したことに社員が満足し、さらなる成長を目指すことに対しての意欲が薄れてきていることに気づきました。

このため、次の手立てをどうしようかと考えていたときに、若かった時の経験「社員を信頼し任せる」を基本とした方策を実行しました。

具体的には、会社の目標を基本に、社員がやるべきことをしっかり決め、目標を定めたら任せることにしました。

任せることで、行動が能動的となり、自ら考えて行動しようという意識が強まりました。こうなると、自分のやっていることに納得感が持てるようになり、一層のやる気が、社員の中に見られるようになりました。

まとめ

山本周五郎が描く、人足寄場での役人の態度、私が若い時に経験させてもらった事例に示す通り、人が自立心をもって自ら動きだそうとするためには、上に立つ者が頭に置いておく必要のあることが2点あります。

一点は、部下を信頼すること。二点目は、任せることです。

そして、つねに、上に立つ人は、上から目線で指示を出すことを避ける必要があると思っています。