仕事で行き詰った時

困難に打ち勝つには自分の弱点を知る-社長経験からの教訓-

仕事を任せられ、重大な局面を迎えたときや、低迷している状態を抜け出そうとするとき、人はどう行動するでしょうか。

良い結果を求め、自分の能力以上の方策を考えようとして、思いが定まらず、落ち着かない気持ちに襲われることはないでしょうか。

自分の弱さを認め、その能力の限界を知ることで、心が落ち着き、大きな課題への取り組み方法を考えられるようになり、一歩前に進むことができるのではないでしょうか。

山本周五郎はその作品の中で、自分の弱さの底を確かめることで、緊張のため失っていた冷静さを取り戻す主人公の姿を描いています。

会社の経営でも弱点を知るということが必要です。特に、経営が行き詰まり、V字回復を目指そうとしたときには、その会社の弱点を認識することが重要です。

今回は、山本周五郎氏の作品と私の社長経験から、「困難を乗り切り、前に進むためには、まず自分の弱点を知ることが必要」について紹介します。

自分の能力のことしかできないことを知る

小説「「笄堀」は、豊臣秀吉が権勢を誇り、北條氏の主城、小田原城を攻めた時の話です。

豊臣家の精鋭が、小田原攻めを開始することが明確となり、北條氏は、関東諸国の城主に対し、小田原城への立てこもりを命じました。

小説の主人公は、武蔵の国にある忍城の城主が小田原に入城したため、城主に代わり城を守ることになった妻、真名女です。

城に残った兵はわずかに300足らずであり、その勢力で城を守ることが可能か、真名女はその勤めに大きな責任を感じるのでした。

その責任を果たすため、真名女は、城の行く末ばかりに頭が捕らわれ、心が落ち着かず、周りの景色が変わっていくことも目に入らない状況でした。

そのように緊張を強いられている中、あるとき、竹叢(たかむら)を渡る風の音にふと気づくことがありました。

すると、その一瞬で、それまでの凝り固まった気持ちがふと和らぎ、心の落ち着きを取り戻すことができました。

冷静さを取り戻した真名女は、残った兵を集め、戦う決心を固めるのでした。

風の音を聞いた真名女にそのとき何が起こったのでしょうか。ここで紹介する一節は、このときの真名女のこころの動きです。

そしてそのさやさやと鳴るかすかな葉ずれの音をそれと聞きとめ、あああの竹だったかと思い当ったとき、真名女はふと、いつかしら自分の胸が軽くなっているのに気づいた。

それは心がおちつき場をもったしるしだった、弱さは弱さなりに底がある、その底をつきとめ、その底をたしかに踏みしめたとき、竹叢にわたる風の音を聞きわけるゆとりができたのである

かの女はやがてしずかに眼をみひらいた、あれほどよろめきたゆったていた心が、とにもかくにもおちついていた。

自分には、自分にできるかぎりのことしかできない、十のもので百のたたかいをするちからは自分にはない、それはたしかだ、けれども十のものを十だけにたたかいきることはできそうだ。

そういう気がしはじめた、軍の法もよくは知らないし、奇略とか妙策とかいうものもない、自分はごくあたりまえな女である、平凡なひとりの妻にすぎない、ただその平凡さをできるかぎり押しとおし、つらぬきとおすことよりほかになんのとりえもない、そしてそのかぎりなら自分にもできるはずだ。

あらいざらい弱さ脆さを吐きだしてしまったあとの、おちつき場を得た心の底から少しずつちからがわきあがってきた。

(山本周五郎著 「髪かざり」より「笄堀」)

自分の持てる能力以上のことをしようとすると、つい、力が入り、余分なことを考えてしまうという罠に落ち込んでしまいます。

自分の能力はここまでとはっきり理解することで、なすべきことが見え、落ち着いて、事にあたれるのではないでしょうか。

V字回復を目指すうえで洗い出すべき弱点

私が、土木建築関係のコンサルティング会社の社長に就任してすぐの経験です。

山本周五郎の作品とは、場が違いますが、弱さを認識することが、会社の経営でも大切です。

特に、経営が悪化している中で、V字回復を目指す会社にとっては、まずは、弱点を認識することから、経営が始まると思っています。

V字回復を目指そうという状態の会社は、会社の経営状態が最低となっているときだと思います。売り上げも伸びず、むしろ低下し、利益も上げることが難しい状況となっていると思います。

また、そのような状況下で、働く社員は、将来に不安をおぼえ、生産性も低下してしまっています。

このように会社の状況は底をついているような状態から回復し、さらに成長を目指そうとしたとき、まず取り掛からなければならないことが、今の会社の弱点を総ざらいすることです。

総ざらいするといっても、むやみやたらに取り掛かるわけにはいきません。

考えるポイントは3点だと思います。

一つは、事業のあり方です。

いわゆるビジネスモデルが、会社が打って出る市場に適合しているか、また、会社が持つ能力を生かせる市場に打って出ているかといった視点で、会社の弱点を検討する必要があります。

二点目が、仕事のやり方です。

社員が、一つのプロジェクトを仕上げるうえで、効率的に仕事をしているかといった点から、現状、どこに弱点があるか検討する必要があると思います。

三点目が、社員のモチベーションです。

何らかの理由で、社員が仕事にモチベーションを持てないでいるとか、処遇の面で不満を持っているとか、長年の仕事のやり方で、マンネリ化しているかといったことからの検討が必要と思います。

弱点を克服して前に進む

私が、会社の社長となったときに、その会社は将来の展望が見えない状況であり、まさに経営上の底にあったと思います。この状況を脱出し、さらに成長を目指そうと、弱点の洗い出しを行い、その弱点の克服の手立てを考え実行しました。

(1) 事業のあり方

社員に対する「将来の成長を目指す」という宣言のもと、10年後の会社の“あるべき姿”を明確にしました。これまでの顧客を見直し、今の会社が持つ技術について、売れる市場を新たに改革し、まずは、売り上げを伸ばすことを実施しました。

(2) 仕事のやり方

これまでの仕事のやり方の問題点を洗い出しました。その中で、もっとも大きな課題として挙げられたのが、部門の縦割り状況でした。いくつかの部門が、同じ顧客を相手に商売をしていても情報をやり取りしないとか、他部門の仕事に協力するといった姿勢が見られませんでした。

このため、社員全員が同じフロアで仕事ができるよう、事務所を移転しました。また、社員の意識を改革するため、社員の交流会、懇談会を開くなどし、コミュニケーションが活発となるよう手立てを講じました。

(3)社員のモチベーション

私が社長になったとき、社員の給与がカットされるような状況で、将来に不安を持つ社員が多くいました。

このため、まずは社員の処遇を改善することが必要と考え、2年間で利益を上げる会社にし、処遇を改善する方針を立てました。1年目から利益が上がり始めたことで、社員のやる気が増し、2年目で目標を達したことから、処遇を元に戻すことができました。

これら弱点を洗い出し、それぞれに対策を講じて経営を進めたことで、翌年から売り上げ、利益とも継続的に伸びはじめ、社員のやる気も増してきました。

まとめ

ことを成し遂げなければとの思いにとらわれ、自分の能力以上のことを試みようとすると、どうしてもゆとりがなくなり、考えもおぼつかなくなってしまいます。

自分の持てる能力はこれこれだ、としっかりと認識することで、頭も柔軟となり、その難題を解く鍵も見つかるのではないでしょうか。

会社の経営でも、先の成長を目指すうえでは、まずは、現状の弱点を認識することが大切であると思います。