上司、リーダーの役割

部下の育成には忍耐が必要-会社生活43年からの教訓-

組織が長期的な目標を目指して動こうとするとき、急激な改革を目指そうとする人、じっくり情勢を把握しながら進めようとする人など、そこに携わる人たちには、それぞれに違った考えで行動をとるようです。

この様な動きの中で、面目を重んじたり、意地を張ったりすることが、多くの場合、長期の目標を達成するうえでは阻害要因になります。

作家、山本周五郎氏はその著書で、江戸時代の仙台藩を例にとり、国家、組織を支え、維持していくためには、組織のリーダーは、意地を張ったりすることを避け、忍耐強く藩の運営を進めることが大切であると語っています。

また、組織を維持するうえで大切なこととして、その組織を動かすメンバーの育成が重要になります。

そして、部下の能力向上を目指し、部下を育てようとしたときに、やはり、忍耐することが上司には求められることを、会社生活の中で学びました。

部下が失敗をしたとき、忍耐のない上司に対し部下は反感を抱き、我慢強く指導する上司に出会った部下は、よくその意を受け、その後一段と努力し成長するようです。

今回は、山本周五郎氏の作品と私の会社生活の経験から「組織を維持し、その構成員であるメンバーを育成するうえでは、忍耐することを意識して行動することの大切さ」を紹介します。

組織を変革するときには、トップの忍耐(堪忍・辛抱)が支え

小説「樅ノ木は残った」は、山本周五郎の代表的な歴史小説です。舞台は、江戸時代前期の東北の仙台藩です。

主人公、仙台藩宿老 原田甲斐は、仙台藩の存亡のため、自らの意図に反し、取り潰しを狙う将軍家の一派に入り込み、自分の意図を周りに気づかれなく行動し、将軍家一派のために、その任に当たっていました。

藩の取り潰しがかかる評定の場で、班を救う代償として命を差し出すのでした。

ここで紹介する一節は、原田と同じく、藩取り潰しの謀略を阻止しようとする、血気にはやる若手が、自分の面目ゆえに、自らの命を縮めていく状況を見、それら若手藩士を前に、堪忍と辛抱について語る場面です。

同じく、その謀略を阻止しようとする者のうち、血気にはやる若手が、自分の面目とか、意地とかのゆえに、自らの命を縮めていく状況を見、同じように血気にはやる若手藩士を前に語るのでした。

感情をしずめるためだろう、甲斐は言葉を切って、暫く沈黙した。

「丹三郎はまずともかく、七十郎の死は誤っている、彼は侍の意地とか面目とか、本分などということで自分をけしかけた」甲斐はそういいかけて、いかにもにがにがしげに顔をしかめた。

そういうことを口にするのが、自分で恥ずかししく不愉快なのであろう、顔をしかめながらいやな物でも吐き出すような調子で続けた。

「——意地や面目を立てとおすことはいさましい、人の目にも壮烈に見えるだろう、しかし、侍の本分というものは堪忍や辛抱の中にある、生きられる限り生きてご奉公をすることだ、これは侍に限らない、およそ人間の生きかたとはそういうものだ、いつの世でも、しんじつ国家を支え護立(もりた)てているのは、こういう堪忍や辛抱、—人の目につかず名もあらわれないところに働いている力なのだ

出典:山本周五郎著 樅ノ木は残った

叱りつけるだけの忍耐のない部下の育成は逆効果

部下が仕事のことで上司に報告に行ったとき、自分が満足できない結果を持ってきた際に上司が取る行動にはいろいろパターンがあります。

最悪のパターンが、辛抱できずに、ただ部下を叱りつけるケースです。上司が、部下の問題点を明確にせず、自分の思い通りに結果を出さなかった部下に対し、執拗に荒々しい言葉をかけることがあります。

私の経験では、このような部下への対応が、部下を育てるという意味で、最も問題のある上司の行動と思っています。部下は、萎縮し、何が悪かったのかわからないまま、ただ立ちすくすしかないのです。

どうすれば上司はよかったか。

やはり、上司は、まず、心を冷静に保ち、“堪忍し”、よく話を聞き、そのうえで、何が問題かを明確に説明し、指導するべきであるべきと思っています。

その良い方の例が、私より20歳以上も年上の上司からかけられた言葉です。

上司からの忍耐強い語りかけが部下を救い、育成することに

私が建設現場で課長職を務めており、大きなプロジェクトの現場責任者を務めていました。

自分が設計した構造物がトラブルを起こし、その構造物のやり直し工事が終わりに近づき、トラブルの解消にめどが立ったときに、私の会社生活に大きな影響を与えた上司が視察にやってきました。

現場を一通り見終わった後で、私一人だけその上司に呼ばれました。相手は、遥か上の上司であり、トラブルを起こした現場の責任者である私に厳重な注意があるのかと、そのときは思っていました。

そのようなこともあり、何を言われるかドキドキしながら身構えていたときに、その上司からかけられた言葉です。

「一回ぐらいの失敗は許されるものだ。そこから何が怖いかということを勉強してもらえればよいのだ。ただし、二回、三回と同じ失敗をしていると信頼されなくなるので、その点は注意が必要だ」と。

また、「あまり事がうまく行き過ぎると、物を作ることの怖さを実感できず、本当に怖い場面に遭遇しても問題の本質を捕らえられないで困る」と。

十分、トラブルを起こしたことを悔やんでいる私の姿を見、叱りつけるのではなく、その先を見通して、明確に問題点を指摘し、しかも、次のチャンスには頑張るようにという言葉であったと思っています。

その上司の言葉を聞き、トラブルを起こしたことに区切りをつけることができました。

また、建設現場を離れて以降も、構造物を設計するときばかりでなく、経営者として大事な判断をするときにも、より慎重に状況を見極めながら、ことにあたる姿勢が身につくようになりました。

また、組織のトップを担う立場になったときに、部下を育成する立場になったときには、忍耐強く指導すること、そして、失敗することを恐れず、挑戦することの大切さを伝えていくようになりました。

まとめ

組織を運営するとき、大きな課題が発生すると、つい、拙速になりがちになります。しかし、状況をよく見極め、忍耐強く課題を解決していく姿勢が大切だと思います。

そして、忍耐強く行動することは、部下の育成にもいえることだと思います。

部下が、満足した結果を示せなかったとき、そのふがいなさに上司は怒ることがあるかもしれません。ただその時、忍耐強く、堪忍し、辛抱して部下に対応することが必要です。

そして、その対応の中で、何がまずかったかをよく理解させ、その次の行動に役に立つ示唆を与えられることができれば一段と、部下のやる気を高めることができると思います。