多くのサラリーマンが、自分の能力、技術を磨くため日々研鑽しています。
成長するために何も導くものがない状態から始めるよりも、何か参考になるものを見つけ、それに基づいて学んでいくことが効率は良いようです。
例えば、理想とする上司がいれば、その上司の行動を見ながら勉強することも一つの手立であり、若いころには成長していくために有効な方法であると思います。
しかし、真似をしているだけでは、その道で抜きんでて活躍するレベルまでは到達しません。やはり、学んだことをもとに、自ら新たな道を切り開く努力が必要であると思います。
作家、宮部みゆきは、その著書で、真似ることだけの限界と自分でしかできないことを持つことの大切さを書いています。
私も、社長として会社を経営している中で、営業部員の能力強化を狙ったときに、一流の営業マンをただ真似るだけでは営業能力の向上には限界があることがわかり、追加の手立てを講じた経験があります。
今回は、宮部みゆき氏の作品とわたしの社長経験から「成長を遂げるためには、真似るだけでは限界がある」について紹介します。
真似を越えて自分らしさを出してこそ本物の成長
小説「日暮らし」の舞台は、江戸下町です。主人公は、本所深川の同心、井筒平四郎です。 平四郎には、13歳になる甥の弓之助がおり、この子は大人顔負けの頭脳をもっており、
平四郎の捕り物のときには、有効なアドバイスをするなどして手助けしています。
そんな弓之助の唯一の弱みはおねしょをすることでした。ここで紹介する一節も、母親から、昨晩のおねしょの罰である言葉を100編書くことを弓之助が命ぜられ、そのことに取り組んでいるときの場面です。
弓之助の大の友達である、岡っ引きの息子で、額の大きいことから、おでこと呼ばれている子供がいます。このおでこが弓之助の書く字を見て感心し、驚きの声をあげました。
その言葉を聞いた弓之助が語った、真似事だけでよいかと、おでこに話しをしています。
おねしょはしませんと書き続ける弓之助を見守りながら、今度はおでこがため息をついた。
「なんだ、おめえまで」苦笑いする政五郎(岡っ引き)を仰いで、おでこは言う。
「上手です」 弓之助の字が上手いと感じ入っているのだ。
「どうしたら、こんなふうに書けますか」
弓之助は手を動かしながら、おでこを見返ってにっこりした。やっと出た笑顔に、政五郎は安堵する。
「おでこさんだって字が下手じゃありませんよ。わたくしよりちゃんと書いています」
「違うよう」おでこは強く首を振る。それこそ、そんなことを言って慰めてくれなくてよござんす、だ。
「いえいえ、本当です」弓之助は眉を引き締めた。「わたくしは、手習いの先生が書いたとおりに覚えて、それをなぞっているだけです。
どんなにきれいに書けても、これはわたくしの字ではございません。真似事です。でもおでこさんが書くのは自分の字です。そちらのほうが立派です」
ちょっぴり怒っている。筆は乱れない。流麗な字が続く。
政五郎は今さらながら、この美形の子の聡いのに驚いた。きれいに書けても真似事、か
(宮部みゆき 日暮らし)
まだ13歳の弓之助ですが、上手といわれても、まだ真似るだけのレベルであり、自分のものすることがより大切であることを語っています。能力を一歩先に進めるうえでの大事な点であると思います。
営業能力向上のため高い能力を持つ営業マンを真似ることに
私がある土木建築関係の設計コンサル会社の社長になったときの経験です。
私が社長に就任するまでは、顧客が限られていることもあり、より広い顧客層を狙って事業を展開することにしました。
それまで、特定の会社から多くの仕事を受注することが出来たことから、あまり積極的に営業を仕掛けるということをしてこなかった経緯があり、営業力の強化が必須でした。
会社全体の営業能力を強化するためいろいろ方策を考えた中で、即効性があると考えたのが、社内にいるエース級の営業マンを活用することでした。
その当時でも、会社の中には、顧客から名指しで、仕事を頼まれる人が二人ほどいました。
営業力強化のためには、営業部員がこのエース級の能力を真似ることが有効であると考え、営業部門の社員にこの二人の営業のやり方を学ばせることにしました。
具体的には、エース級の営業マンのもとに営業部員を付け、指導してもらうことにしたわけです。
この方策をしばらく続けましたが、営業とはどういうものかの理解は社員の中に浸透したものの、営業面での実績がなかなかに上がりませんでした。
真似るだけではなく学んだことを自ら実践していくことで成長
なぜ、実績が上がってこないのか、関係者に話を聞いたり、直接顧客の話を聞いたりし、原因をさぐりました。
結局、エース級のやり方を真似て顧客に対応するため、顧客の声を聞くようにはなりましたが、そのニーズにしっかり対応するレベルまで到達していないことが分かりました。
顧客のニーズをよく聞くというレベルまでは達したのですが、その先の顧客の言葉に出せないところまでを理解し、対応するレベルまでには至りませんでした。
また、顧客の信頼を得ることが出来るか否かは、営業担当者のそれぞれの持ち味を生かして顧客に対応することが出来るかにほかならないことも分かりました。
このような反省を受け、基本的な営業の在り方はエース級の営業方法を基本とし、それをもとに、自分自身の持ち味を生かした能力を高めることが必要と考えました。
外部のコンサルタントを活用し、一人一人の個性に会ったトレーニングをするなどを進めました。
基本的な営業スキルをベースにするものの、自ら状況を判断し、自ら考えて、顧客のニーズに対応するレベルまで引き上げることを意識して能力強化を進めました。
2年ほど経つと、エース級にもひけを取らない実績を残すことが出来る営業担当が複数人育ってきました。
真似事だけでは成長に限界があり、それを自分の技術、能力にどのように生かしていくことが必要かを学んだ経験でした。
まとめ
能力、技術を磨いていくうえでは、優れた先人の教えを学ぶことが基本になると思います。また、早くに基本を学べることで、有効な方法でもあります。
しかし、学ぶ人が対応する世界は、先人の経験した状況とは異なった世界であり、学んだこと、書いてあることを真似ているだけでは、さらなる成長は難しいようです。
その道で成長を成し遂げるためには、真似事を基本とし、自らの頭で考え、工夫していく努力をその上に課していくことが必要であると思います。






