今の仕事に疑問がある時

先入観を捨てて問題を解決-43年間の会社生活からの教訓-

会社生活では、順調に仕事をこなしているときでも、事の大小はともかく、トラブルはつきものだと思います。

このトラブルが発生したときには、その対応策を考えるためには、原因の究明がまず第一歩となります。そして、この原因の解明を進める際に、過ちを超す要因として先入観があげられます。

先入観を持つと、どうしても原因の解明がそちらに引っ張られてしまい、真実から遠ざかってしまいます。そして、深みに入れば入るほど真実からの距離が遠くなります。

では、先入観を持って問題に対処すると、どのような弊害が出るのでしょうか。

作家、今野敏氏はその著書で、上位職の思惑が原因で、捜査にあたった刑事たちが先入観を持ち、捜査の方向が曲げられ、冤罪事件につながった話題を取り上げています。

私も、建設現場に勤め、工事現場でトラブルに遭遇したときに、先入観から本当の原因に行きつくことが出来ず、そのために修復工事を繰り返すことになった経験があります。

今回は、今野敏氏の作品と私の会社生活の経験から「トラブルに遭遇し、問題を解決するときに先入観がもたらす弊害とその対策」について紹介します。

先入観が真実の追求の弊害に

小説「潮流」は主人公、安積係長が勤務する警視庁東京湾臨海署を舞台とした警察小説のシリーズものです。

「潮流」で、安積係長は、管内で発生した毒物を使った殺人事件を担当します。

事件では、毒物により3名が犠牲になり、犯人から東京湾臨海署宛に犯行声明のメールが届きました。

そのメールの内容から、安積係長は、毒物殺人事件の犯人が、4年前に起きた放送局の記者が起こした殺人事件に関係があるのでは、という思いを強くしました。

捜査を進める中で、安積係長は、4年前の事件において、既に有罪判決を受けた元ジャーナリストが真の犯人であったか、その当時の状況証拠にわずかの疑問が残っていることに気づきました。

当時の判断のときに決め手となった被害者の頭部の傷が、被害者と被疑者のもみ合いで生じる可能性が低いことに安積係長は疑問を持つのでした。

その4年前の事件は、安積係長が現場の責任者として担当したもので、もし冤罪ということになれば自分の責任問題にもなります。

しかし、真実を突き止めることが、今起きている毒物による殺人事件の犯人を明らかにする手立てと考えました。

ここで紹介する一節は、安積係長が4年前の事件を洗いなおすことを決心した場面です。

村雨(安積係長の部下)が、安積に言った。

「宮間(被疑者)が喜多川(被害者)の自宅におしかけ、二人が口論の末にもみ合っていたのを、複数の人間が目撃しています。それについては疑いようがないでしょう」

「その通りだと思う」

安積はこたえた。「だが、石倉さん(鑑識係長)が疑問に思ったことが、当時、取り沙汰されなかった。それがどうもひっかかるんだ」

村雨が言う。

「問題にする必要のないくらいに、些細なことだと判断したんだと思います」

「誰が判断したんだ?」

「最終的には、検察官や裁判官の判断、ということになると思います」

「だが、捜査の現場で指揮を執ったのは俺だ。俺の責任ということにもなる」

———-

安積は村雨をさえぎるように言った。

「実際に何が起きたのか。それをちゃんと知る必要がある」

水野(安積係長の部下)が言った。

当時の捜査には、検察官の思惑が強く作用していた——。そうした思惑を取っ払って事件を洗い直すということですね?」

安積はうなずいた。

「その必要があると思う。それを明らかにすることで、毒物事件の犯人の動機もわかってくるのではないかと思う」

(今野 敏著 潮流)

検察官の思惑が刑事の捜査に悪影響

安積係長が担当することになった4年前の事件の再捜査が進展し、裁判での判決が違っていた可能性が高くなりました。

では、なぜその当時、現在明らかにしてきた証拠を見逃すことになったのか。

ここで紹介する一節は、証拠を見逃すことになった原因を、安積係長が明らかにする場面です。

(安積係長の同僚である速水)「村雨を責めるなよ。話しても意味がないと思ったんだろう。宮間はすぐに送検され、検察官は彼の犯行を疑わなかった」

「—–というより、今考えると、検察官はマスコミの暴走という絵を、勝手に描いていたのかもしれません。そういう分かりやすい構図だと世間の話題にもなります」

「検察官だって、扱う事案が世間の注目を集めたほうがやり甲斐があるからな」

俺も検察官の方針に、疑問を抱きませんでした

「それで普通だと思うよ」

(今野 敏著 潮流)

この事例は、先入観、特に上に立つ人の先入観は、真実の追求に弊害となることを指摘しているとともに、そのことに気づき、新たな手立てに気づくことが大切であることを示しています。

工期死守、という先入観がトラブルの原因追及に悪影響

30代に建設現場に勤めていたときの経験から得た教訓です。

建設工事現場で土木構造物の設計、施工管理を担っていました。

工事も終盤に入ったときにトラブルが発生しました。工期の期限も間近ということもあり、修復工事を始めるため、すぐに原因追及を始めました。

現場での調査から、調査個所より深部についてはいくらか疑問が残るものの、おおよその原因が解明しました。

ほぼ原因がつかめたということで、その原因をもとに修復工事を始めました。

工事が完成し、再度、徐々に荷重をかけながら構造物の挙動を見ていると、やはり、最初と同じトラブルが発生してしまいました。

期も迫っていたことから、トラブルが起きたときの調査で気がかりにはなっていた深部を調査することなく、工最初に見つけた原因だけを信じて工事を行った結果、招いてしまったものでした。

修復工事を行っても同じトラブルが起こったことから、改めて、気になっていた深部まで調査を行い、トラブルの原因を探ることとしました。

その結果、修復工事を実施した箇所より深部の基礎部に、根本的な原因があることが分かりました。

問題となった基礎部を手当てし、修復工事を終え、再度荷重をかけていきました。今回は、構造物に異常は見られず、無事工事を完成することが出来ました。

工期死守が頭にあり、すぐそばにあった問題点が原因であると、希望観測的な先入観をもって修復工事を進めてしまった経験でした。,

 

トラブル対応など、時間に追われているときは、特に先入観にとらわれ、幅広く考えることを怠りがちですが、このようなときこそ、先入観から一歩離れ、事に当たる必要があると反省した経験でもありました。

まとめ

先入観をもって事を進めると、ろくな結果が出ないという事例を紹介しました。

仕事の締め切りまで時間がないとか、上司のことを忖度したりなどの理由で、つい「きっとこういうことだろう」と先入観を持って事を進めることがあるかと思います。

しかし、そのようなときにこそ、先入観を離れ、「事実はそんなに甘くはない」ということを、是非、思い出して、事にあたってもらえればと思います。そして、もう一歩進んで、さらに考慮すべきことはないかと考えてもらえればと思います。