仕事で行き詰った時

心に余裕を持つことで仕事に成果-会社生活43年からの教訓-

物事を進めるとき、しっかり目標を立て、きちっと計画を立てて進めていくことは必要なことだと思います。ただし、進める過程で、まったく余裕のない規則、規制などに縛られていると思わぬところでほころびが出ることがあります。

余裕をもって仕事に従事することで組織に活性化をもたらすこともあります。

余裕を持つことの重要性について、作家、藤沢周平は、厳しい綱紀粛正と奢侈禁止を求めた天保の改革により、江戸市内の活動が停滞してしまったことを作品の中で紹介しています。

組織もしくは人の話ではありませんが、私が建設に従事した土木構造物も、安全性に余裕を持たせなかったことから問題が生じました。

今回は、藤沢周平の作品と私の経験から「仕事では心に余裕を持つことが成果を上げるうえで大切である」ということについて紹介します。

無駄と思える費えが心に余裕をもたらし生活が活性化

小説「よろずや平四郎活人剣」は、江戸時代後期(1830年から1840年初め)の市中で起こる揉め事を、ある浪人を主人公に描いたものです。

その時代、老中を務める水野忠邦が主導する天保の改革が進行中でした。水野老中は綱紀粛正と奢侈禁止を、武士ばかりでなく町民にも強要しました。

主人公、平四郎は、旗本の家の次男坊として生まれたものの、家を出奔し裏店に住み始めたものの、生活に追われ、江戸市内で起こる人の困りごとを解決するよろず相談屋を始めました。

そんな平四郎を取り巻き、市中で起こるいろいろな事件を題材に、その事件の解決のため、平四郎が仲裁を行う様子が、いくつかの話としてまとめられています。

ここで紹介する一節は、平四郎が、よろず相談のお客を探して市内を歩いているときに、水野老中が進める厳しい改革により市内のいたるところで活気が失われている状況を見、ひとり思う場面です。

むろん博奕、富くじは徹底して取締まられ、女髪結も禁止、入れ墨や顔を隠すかぶりものなどもご法度、けばけばしい彩りのものは凧絵といえどもつくれなくなるだろうと言われている。

水野老中は、諸色の高騰(あが)り、風俗の紊乱、身分序列の混乱など、今の世の諸悪はすべて、上から下まで分を越えたぜいたくに耽っているところから来るとみている。

しかし世の中の仕組みは、一見無駄な費えと思われる金が動くことによって、暮らしが活気を帯び、市民が活力を呼びおこされるようにできているので、無駄を一切廃止するということになると、世の中が陰気になるのは避けられなかった”

“―――― ふむ。水野というおひとは—。

江戸の町を火事場のあとのように真暗にしても、信じるところをつらぬくつもりらしいな、と平四郎は思った。

五ツ刻(午後八時)といえば、改革がはじまる前は、まだ町ににぎやかな人通りがあり、家家からは灯のいろがこぼれ、犬が鳴き、どこからか女の嬌声や三味線の音なども聞こえて来たものだ。

そのころがよくて、改革が悪いとは一概に言えないが、改革には人の自然な気持ちを無視した無理がある

引用:藤沢周平著 よろずや平四郎活人剣

水野老中が進める綱紀粛正、奢侈の禁止の思想は理解するものの、そこに、世間の人々の思いを組もうとする意識が働かないことを主人公は危惧しています。

そして、そのゆとり、無駄がないために、結局、天保の改革は、世間の信を失い、頓挫してしまうのでした

余裕のない設計で構築した構造物に問題が発生

土木構造物の建設現場に勤務していたときの経験です。

予算が限られた中で、ある構造物を設計することになりました。基礎の地盤がそれほど堅硬ではなく、荷重が作用した場合にその基礎が均一に変形しないことが想定されました。

このような基礎の上に構造物を設計する一つの方法として、構造物を変形に関係なく荷重に耐えうる剛な構造とすることも考えられました。

しかし、この構造では、構造物が大きくなり、建設費が予算よりはるかに高くなり、その他の設計案を考えざるを得なくなりました。

このため、なんとか基礎の変形に追随できる構造物を設計しようということになりました。

予算もなかったことに合わせ、工期の関係で設計にかける時間も短かったこともあり、構造物を設計する場面で、想定される変形に追随できる製品をカタログで見つけてきました。これを採用することで、予算はクリアできることも分かりました。

ただし、安全性は、想定された設計荷重に対しあまり余裕のない設計となりました。

この余裕のなさが、あとで問題を引き起こすことになりました。

余裕を持つことが試練に耐える力を育むことに

工事が完成し、実際に荷重がかかり始めました。すると、その構造物の一部に異常な変形が見られるようになりました。

このため、その個所を調査することになりました。調査をすると、設計時に描いていた基礎と異なり、深部に想定外の軟質層が見つかりました。この層の存在により、地盤の変形が想定より大きくなり、構造物が追随できなかった事象であることが判明しました。

やはり、基礎の不均一さに今少し留意し、安全性に余裕を持たせた設計をすべきであったと、この調査結果を見、反省した経験でした。

当初目論んだ、コストダウンという名のもとに採用した設計でしたが、安全性に対する余裕のなさがトラブルを招いたものと、反省しました。

私の建設現場での経験から土木構造物の安全性に関する事例を紹介しました。

この事例は、仕事にも当てはまる事柄であると、その後の会社生活の中で経験する事実でした。

物事を推し進めるときに、無駄の内容に仕事を進めることは大切ですが、」心に余裕がない中で判断し、行動することは避けるべきと思います。

ぎりぎりの判断が最終的に成果に結びつかないことはよくあることと思っています。

まとめ

何かものごとをなそうとするとき、その完成の姿ばかりを見、その途中の経過に目が行き届かないことがよくあります。

紹介した小説でも、改革のあるべき姿ばかりに目が行き、世間の実体を見ず、余裕なしで改革を進めたことが、改革頓挫を招いたことを紹介しています。

私の工事現場の経験も、安全に対する余裕を今少し考えるゆとりがあれば、という事例でした。

何事も、ぎりぎりで勝負することにはリスクが伴うようです。

特に、不確実な点が残るようなときに判断を下す必要がある場合は、無駄という余裕も必要なのではと思っています。