仕事で行き詰った時

固定観念の弊害と回避策-会社生活43年からのアドバイス-

まえがき

会社生活を送っていると、いろいろな場面で難しい局面に出会うことがあります。このような場合、一人の判断で事を決してしまうと、問題がさらに大きくなってしまうことを経験した人もいるかと思います。

特に、私の経験でもそうでしたが、自分に自信がり、自分自身の考えにこだわり過ぎてしまったり、これまでのやり方にこだわったりして、つい、周りが見えなくなり、誤った判断をすることが多くあるようです。

これは、思い込みが強すぎて、視野が狭くなってしまっているために生じているものと思います。そのような思い込みや固定観念にとらわれで判断したことは、周囲の状況に調和することなく、成果を出せなかったり、一段と難しい状況に追い込まれたりするようなことに陥ってしまいます。

作家、山本周五郎はその作中で、彫り物氏の主人公の行動を通して、思い込みがもたらす弊害について書いています。

また、作家、伊東潤はその作中で、千石積み弁財船の製作に挑戦する主人公に、成功するためには、これまでの船の製作法にこだわらない新たな発想が必要であることを、語らせています。

私も、ある会社の工場長を務めていたときに、役所から許可を得るときに、思い込みから判断を誤ってしまった経験があります。

今回は、山本周五郎と伊東潤の作品と私の経験から、思い込みで判断することがどのようなリスクを伴うか、また、その思い込みからからいかに抜け出すかについて、紹介します

思い込みの弊害をいかに取り除くか

小説「人情武士道」に編纂されている一編、「鯉の宗七」の主人公は、江戸で鯉の木彫の名人とよばれていた宗七です。

自らの流儀で、ある彫り物を完成させたいと思う宗七は、なかなかに自分が思うような彫り物ができず、徐々に自分能力に限界を感じるようになっていきます。

 

出来るならだれの目にも触れない山奥へでも行って、全身を仕事に打込みたい、仕事のほかには何にも考えたくないとさえ、突き詰めている。

ことにこの頃では、彼は自分に絶望していた。骨を削るような苦心をして彫るものが、一つとして満足な出来を見せてくれない

(山本周五郎著 人情武士道から「鯉の宗七」)

自分の納得のいく作品を作ることにだけ取りつかれ、自分には能力がないと思い込み、次第に自信さえ失っていく一人の彫り物師が、思い込みによりますます状況を悪くしていきました。

そのような日々が続いたある日、ある大名家に自分の彫り物が宗七の了解もなく売られていたことを知りました。自分の自信がない作品が、かってに売られたことに憤りを覚えた宗七は、直接その作品を購入した備中守正倫の屋敷を訪れ、作品の返却を申し入れました。

強いお見込みに捕らわれている宗七の一途な思いを知った備中守正倫は、その作品を返すとともに、宗七と新たな作品を作ることで、取引を行いました。

(備中守)「返せというか、ほう——なぜだ」

(宗七)「あれは、まだほんの、未熟なもので、かたちもなっては居りませぬ、私の留守に杉田屋が持っていきましたので、他人様に見せられる品ではないのでございます」

「余にはそう思えぬがの、鯉の名人といわれる宗七には珍しい蛙、妙作と思うぞ」

「お殿様の目にはそう見えも致しましょうが、それはお道楽のお鑑識、あの品はまだ石くれも同然の駄作でございます。—–どうぞお下渡し下さいますよう」

———-

「この品は返してやるが、そのまえに、其方が是なら善しと思うものを彫上て参れ、そうしたらこれを下渡してやるが、どうだ」

「はい、然しそれが、いつ出来ますことやら」

「いつでもよい、二年でも、三年でも待つ、その間、これは文庫に収めたまま決して他人には見せぬと約束して遣わそう」

「恐入りまする」

宗七は、初めて安堵したように微笑んだ。

———-

一点に追い詰められていたのっぴきならぬ気持が、備中守正倫(まさみち)の寛濶無碍(かんかつむげ)な態度に会って、一時に解放されたのである。「凝(こり)」が落ちたのだ。針の先ばかり見つめていた眼が、その一瞬に広い天空を見たのであった。

(山本周五郎著 人情武士道から「鯉の宗七」)

 

このように、備中守の闊達な申し出に、宗七が抱えていた思い込みは消え去り、一挙に胸のつかえを下ろすのでした。

固定観念を捨て新たな発想で難題を克服

小説「男たちの船出」は、江戸初期の瀬戸内塩飽島や佐渡島を舞台にした船大工、嘉右衛門とその息子、弥八郎が、千石積みの弁財船を作り上げるまでの物語です。

江戸初期、その後の日本国内での荷物の動きの量の増加を考え、船による荷の輸送を商いとする塩飽一の船持ち、河村七兵衛(瑞賢)は、これまでの五百石積みより大量の荷を運べる船を作ることを決心し、五百石船の製作でこれまで関係のある塩飽等の、荷運搬と船づくりを担う塩飽島の店主、五左衛門を訪れます。

五左衛門は、これまでずっと船づくりを頼んできた船大工の嘉右衛門にその意図を伝えましたが、嘉右衛門は、五百石を超える船づくりがどれほど難しいことであるかを考え、その要望を断るのでした。

一方で、どうしても千石船を作りたいと思う、嘉右衛門の息子、弥八郎との意見の相違から、弥八郎は、親元を離れ、河村七兵衛を頼って、佐渡島で千石船の製作を始めました。

弥八郎は、1年かけて千石船を作り上げましたが、最初の航海となった佐渡から新潟への航海で、暴風雨に出会い、破船し、弥八郎は命をなくします。

弥八郎の死亡を告げに塩飽島を訪れた河村七兵衛に対し、嘉右衛門は、海への息子の仇を討つことを決意し、七兵衛に再度、佐渡島で千石船を製作することを願うのでした。

嘉右衛門の意志を聞き、七兵衛は、千石船を再度製作することを決意し、塩飽の船大工を連れ、嘉右衛門は佐渡にわたりました。

佐渡島の船大工と協力しての千石船造りが始まりました。

前の千石船の遭難時の状況を詳しく聞きながら、問題個所の見直しを進めていきますが、どうしても乗り切れない課題が次から次へと出てきます。

どうすべきか、弥八郎が、船の製作中に書き留めた、書付や手控えを読んで、問題解決のヒントを得ようとしますが、

なかなかに、答えが出ません。そのような中で、嘉右衛門は、これまでの塩飽島での船づくりの考え方に固執していることの間違いに気づくのでした。

ここで紹介する一節は、嘉右衛門が、固定観念を捨てる決意を示した場面です。

 奴(弥八郎)は、塩飽の木割に忠実に従っていた。だが、破船した。

次々と立ちはだかる問題を一つひとつ解決していっても、結局、弥八郎は佐渡の海に勝てなかった。

—– やはり、千石船など造れないのか。

嘉右衛門は、このままでは弥八郎と同じ轍を踏むような気がした。

—– いや、待て。何かが違う。何かが間違っている気がする。

嘉右衛門の直感が何かを教えてきた。

—–それは何なんだ。教えてくれ弥八郎!

だが、書付や手控えは黙して語らない。

—–待てよ。そうか!

嘉右衛門は書付の束を叩く。

—–ここに書かれていることは、わいや市蔵の教えを守ったものばかりだ。つまり、塩飽流の船造りから、弥八郎は脱せられなかったんだ。

 嘉右衛門の心中に、弥八郎の叫びが聞こえてくるようだった。

 —–塩飽の慣習や分別(常識)を捨てるんだ。そうしないと千石船は造れねえ。

 これまで嘉右衛門は、旧来のやり方を重んじ、それを弥八郎に押し付けてきた。それが、弥八郎の発想の頸木となり、塩飽流船造りの延長線上の船を造らざるを得なかったのだ。

(伊東潤著 男たちの船出)

 これまでのやり方を抜本的に見直すことで、新たな工夫がわき、それを基に、荒波に対応可能な千石船を嘉右衛門は作りあげるのでした。 

自分の考えに凝り固まった説明で相手の不信を招く

私がある工場の所長を務めていた会社の事例です。

山本周五郎の作品とは状況に違いがありますが、自分の思いに凝り固まってしまったために起きた、会社生活で、多々起こりそうな通常場面での出来事です。

お役所から許可を得る必要のある資料の説明の時でした。

当局に提出するデータについて、役所の思惑を考えず、会社目線でまとめたデータを提出した際に、相手に不信感を抱かせてしまったことがありました。

説明者は、“自分が一生懸命分析し、検討した結果だから、こちらの考えている内容を説明すれば、相手は必ず分かってくれるはず”と思い込んでしまったのが、その結果でした。

しかし、相手は必ずしもこちら側を信じているわけではなく、むしろ何か規則上で誤ったデータとなっていないか懐疑的な目で見ているわけで、 結局相手の人に説明内容が理解されず、誤解を招いてしまったことが原因でした。

このような経験から、その後は思い込みを繰り替え差内容、対策を考えました。 

思い込みを避ける方策

前述の例のように、必ずしも自分と同じ方向を見ているとは限ってないという視点から目を向けると、違った言い方、説明のしかたが出てくる気がしています。

このような観点から、どのように対応したら良いか、いくつか対策を考えてみました。

 (1)相手の立場、考え方を知る

このためには、いきなり相手に判断を求めるのではなく、やはり、何回かの相談を通じて相手の考えを掴むことが必要と思います。そのため交渉、説明には時間をとることが必要です。

 (2)第三者的視点を活用

同じ考えを持っている、もしくは同じ環境にいる人たちだけで意見をまとめず、皮肉的に物事を見ることの出来る人を仲間に入れることも必要です。

 (3)相手の理解状況を把握する

相手が、こちらの説明を納得したと思っても、必ずしも相手は分かっていないことが多いということを認識する必要が有ります。このため、相手がとことん納得するまで忍耐強く説明することが必要です。

 (4)シナリオを複数考える

交渉ごとは、“必ずうまくはいかない”と思って、いろいろ頭の中でシナリオを考え、対応策を頭に描いて準備し、実際の交渉では理解してもらうことに鋭意努力することも必要と思っています。

まとめ

山本周五郎と伊東潤の作品と私の経験から、思い込みによる弊害の事例を紹介しました。また、その事例をもとに、思い込みの弊害を避ける方策についても併せて紹介しました。

“自分がこう思うから外の世界も思ったように動くはず”と言いながら、結局、思惑とは外れてしまい、対応が後手を踏むことはよくある話だと思います。

特に、成功している会社 (部所、人) 、自信がある会社 (部所、人) が、自分の考えに凝り固まり、このような事態 に落ち込んでしまうことが多いようです。