上司、リーダーの役割

危機時のトップのあり方

以前、2020年2月のブログで、「危機時のトップマネージメント」と題して、新田次郎の小説「八甲田山死の彷徨」を引用し、危機に際してトップが取る姿勢によって、そのプロジェクトが成功に至るか、悲惨な結果に至るか、二つの事例で紹介しました。

危機時のトップマネージメント-八甲田山死の彷徨から学ぶ-ある組織が危機に瀕したときにその危機をどのように乗り切っていけるか。 いろいろ要因がありますが、大きな要因にそのときの組織のトップ...

部下を信用せず、トップ自らがしゃしゃり出て、方針が右往左往してしまう状況を作り出してしまうトップ。一方で、部下を信頼し、部下の方針を聞き、納得したら任せることのできるトップの二人の姿を紹介しました。

ここでは、危機に際して、その組織が沈滞しないために、トップがどのような姿勢で部下に対峙すべきか、といった視点から事例を紹介します。

司馬遼太郎は、その小説の中で、新選組の副長である、土方が、順調な時代が過ぎ、今後の方向に悩むトップ、近藤勇の姿を見、大将はどうあるべきかを論じる場面を紹介しています。

私も、建設現場でのトップの姿を見、その反省から、組織のトップとしてプロジェクトの成否を決めなければならないときに、トップの姿勢の大切さを学びました。

今回は、司馬氏の作品と私の経験から「危機時のトップのあり方」について紹介します。

危機時に大将は泰山のごとくにあるべき

小説、「燃えよ剣」は、新選組副長の土方歳三が主役です。

武州多摩出身の土方は、近藤勇とともに武州での剣術指南と当地で道場を持つ剣客との喧嘩騒ぎに明け暮れていました。

しかし、江戸での道場経営が破綻したのをきっかけに、幕府の要請を受ける形で、土方は、近藤勇ら数人の剣客とともに、攘夷活動が活発化しだした京に上りました。

新選組副長として、また、近藤勇の参謀として、幕末の動乱期に新浪人や百姓上がりの寄せ集めを組織し、京都守護職松平容保の手配下に入り、当時最強の人間集団として一世を風靡した土方歳三の姿を描いています。

新選組が京に入って3年、それまでの幕府への貢献から、局長近藤勇は大番組頭取に、副長土方歳三は、大番組組頭に任ぜられ、旗本の中でも顕職を務めるようになりました。

しかし、時代の動きは早く、慶応三年十二月十四日、将軍慶喜が大大政を奉還し、この急変に、局長の近藤はどのように対処してよいかわからず、悩む日が続きました。

江戸に隊士の募集に出かけていた土方は、しばらくぶりに会った近藤の姿を見、あらためて新撰組の今後について、近藤に語り掛けるのでした。

ここで紹介する一節は、土方が、緊急時の隊長としてのありようを説く場面です。

(近藤)「しかしながら、天朝に弓を引くことはできぬ。歳」

(土方)「なんだえ」歳三は杯をおいた。

「お前に意見があるか」

「意見があるがね。しかしそんな難しいもんじゃねえ。新選組の大将はお前さんだ。お前さんが、源九郎義経みたいな白っ面で悩んでいることはないんだよ。大将というものは、悩まざるものだ。悩まざる姿をつねにわれわれ幕下に見せ、幕下をして仰いで泰山のごとき思いをさせるのが、大将だ。お前さんが悩んでいるために、みろ、局中の空気は妙にうつろになっている」

「これは相談だ」

「どっちにしろ、無用のこと」

吐きすてた。相談なら、自分とこっそりやってくれるといい、というのが歳三の意見であった。隊長が隊士に自分の悩みをうちあけているようでは、新選組はあすといわず、きょうから崩れ去ってしまうだろう。

(司馬遼太郎著 燃えよ剣)

 

能力の有る人が陥りやすい危機時の姿

私が、建設現場で課長職を務め、所長の直下で建設工事に従事していたときの経験です。

その所長は、技術的にもマネージメント力でも優秀でしたが、責任感が強く、建設にかかわることに関しては、自分があらゆることに参画しなければならないと、考える人でした。

建設が順調に進んでいてときも、所長自ら判断し、物事が決まっていくこともあり、我々部下は、判断すべき材料を所長の所にもっていき、判断してもらうことが続きました。

そのため、我々職員は所長に依存する体質が染みついていきました。

順調に建設が進んでいるときはそれでもよかったのですが、工事が後半に入り、工期が迫った段階で、トラブルが発生しました。

責任感の強い所長であったため、これまで以上に、自ら判断し、現場に出ることも多くなりました。そのうち、所長の体調がすぐれなくなり、一時的に現場を離れる事態となりました。

これまで、判断はほとんど所長に任せていたことから、課長である私自らが判断することが多くなり、トラブル対応という危機の中、業務が滞ることも出てきました。

しばらくして、現場に応援隊が登場し、トラブルを工期内に解決することができました。

この経験から、組織のトップは、常日頃から部下を育成し、信用して任せ、自らは、本当に緊急の事態に登場し、方向性を決める姿勢を持つことが大切であることを学びました。

危機時にゆるぎない姿勢を示すことでプロジェクトを前進

ある土木建築関係のコンサルティング会社の社長を務めていたときの経験です。

海外で実施していた、会社にとっては規模の大きなプロジェクトが、当該国でのテロ事件のため、その後の実施が危ぶまれることがありました。

当該国の安全性を重視する親会社からは、社員を危険な現場に派遣することはできないという理由から、即刻、プロジェクトから引き下がるよう指導がありました。

会社にとって大きなプロジェクトであったこともありますが、これまで築いてきた、当該国関係者及び、日本の国際機関からの信用を、撤退することで失う恐れがありました。

このプロジェクトを失うことを懸念したこともありましたが、それ以上にこれまで築いてきた海外事業の継続も危ぶまれる事態でした。

親会社家の要請があったものの、基本的には撤退しない方針を私は決め、いかに安全性を確保して、プロジェクトを継続できるかなど、推進にあたってできることを模索するよう関係者に指示を出しました。

撤退ありきで先のことを考えていた社内の関係者も、この方針を聞き、すぐに対応に動き始めました。

その結果、国内の関係機関や現地政府の協力を得ることで、プロジェクトを推進することが可能と判断され、親会社にその旨報告し、何とか了解を取りつけました。

一時は、プロジェクトからの撤退もやむをえない状況でしたが、建設現場での反省をもとに学んだ、“危機時こそ社長がゆるぎない姿勢を保つ”が活かされた経験であったと思っています。

まとめ

組織が危機に遭遇したときこそ、その組織のトップの姿勢が試されます。

以前のブログで紹介した、八甲田山死の彷徨の例でも示しましたが、トップが、すべての事案に参加し、組織を実質的に管理する部下を信用しない状況は、危機をさらに深刻化する恐れがあります。

トップは、危機時にこそ、冷静に考えるゆとりを持ち、進むべき方向性を明確に示し、あとは実行部隊に任せる姿勢をとることが大切であると思います。