今の仕事に疑問がある時

目標を定めたら迷わず進む

会社においてある程度のポストに就くと、責任ある仕事、とくにプロジェクトを任されたとき、目標を定め、この方針で行くと決心し、活動し始めることが増えると思います。

しかし、進み始めたものの、当初の状況と異なったり、周りから反対意見が出てきたりすることもよくある話しです。

このような状況に置かれると、悩みが深くなり、つい、進むべき方向を曲げてしまう、もしくは、目標の達成を諦めてしまうこともあるかと思います。

では、このように悩みが生じたときにどう対応すればよいのでしょうか。

作家、葉室麟氏は、その作品「春風伝」の中で、選んだ道を歩みだしたら、断固としてその道を進むことの大切さを書いています。

私も、建設所でプロジェクトの課長を務めていたときや、会社の海外事業の最終責任者を務めていたときに、プロジェクトを進める中で障害が入ったことがあります。

悩むことはありましたが、最終的には当初の方針を貫くことでプロジェクトを全うすることができた経験があります。

これらの事例から、悩むことはあっても、最初に立てた目標に向かい、迷わず進む強い意志を持つことが大切だと思います。そして、そのことで道が開け、しかも、よい結果もついてくるものだと思います。

今回は、葉室氏の作品と私の経験から「一度決断した道については、迷うことなく進んでいくことの大切さ」について紹介します。

選んだ道を断固として進むことの大切さ

小説「春風伝」は、幕末、日本の進路に大きな影響を与えた一人である、長州藩士高杉晋作の二十八年間の生涯を描いています。

幕末、開国か攘夷か、国内を二分する騒ぎの中で、高杉は上海に渡ったときに、欧米に蹂躙される清国の状況に触れ、商人、農民らを巻き込んだ改革を成し遂げる必要について思いを強くしました。

その改革の思いの実現のため、脱藩、蟄居などを繰り返しながらも、日本の将来に向け、日本の危機時に行動し、活躍する高杉の姿をこの小説では描いています。

そのような高杉には、長州藩に危機が訪れるたびに、いろいろ役目が担わされていきます。決断力と行動力に優れる高杉でしたが、長州藩世子定広の要請を受けたときには、藩のため、日本の将来のため、どのような道を歩むべきか悩むのでした。

ここで紹介する一節は、高杉が藩の重要な役に就くべきか悩む姿を見、やはり長州藩で枢要な役を務める父親が晋作に語る言葉です。

 自分がこれから世子定広に用いられて藩の上層部に入っていけば、桂小五郎や(久坂)玄瑞との間に溝ができるかもしれない。難しい立場にあるのだ、と思って愕然とした。

(晋作)「わたしは辛い立場になりますな」

(父親)「なぜじゃ。主君に忠を尽くすは、武士として当然のことではないか」

「これからはそれだけではすみますまい」

晋作の顔に困惑の色が浮かんだのを見て、小忠太は父として憐憫の情を覚えたらしく、眉をひそめてしばらく考えてから口を開いた。

この後、そなたは迷うことがあるかも知れぬ。その時は、選んだ道を断固として進むことだ。おのれの迷いを人に見せるのは見苦しい。選んだ道が正しかどうかわからなくとも、意を曲げず進め。さすれば道は必ず開けるだろう。わしが言えるのがそれだけだ」

父として語る小忠太の言葉に胸を突かれて、晋作は迷妄を払われた心持がした。そうなのだ、考えても仕方がない。まず、断固として行うべきだ。それが武士としての生き方ではないか。

(葉室麟 春風伝)

 

逆境に負けず当初の方針を貫くことの大切さ

 私も一人のサラリーマンとして、43年間の会社生活の中で、そのときどきの立場にいたときに、進めていたプロジェクトが逆境に遭遇し、進むべきか、撤退すべきか判断をしなければならかったことが幾度かあります。

そのなかでも強く印象に残っているのが、このブログでも以前に紹介した、以下の2事例です。

一つ目が、建設現場の課長として工期末間近に起こったトラブル対応時に、上司の意向や工期の関係から、基本的な方針を見誤る事態に置かれたときの経験です。(事例その1)

いま一つが、60歳代で会社の社長になったときに、会社の成長をかけた海外プロジェクトの推進に対し、関係方面から強い異議が唱えられた際の経験です。(事例その2)

ここでは、これら2事例について、その概要を紹介します。

詳細は、既に公開済みの当ブログから、事例その1については、「判断に迷った時には条件を選別(2020年9月10日)」を、事例その2については「仕事で挑戦を諦めないために(2020年1月27日)」を参考にして下さい。 

判断に迷った時には条件を選別-会社生活43年からの教訓-会社など組織に勤めていると、何か大事な仕事を任されたときなどに大きな判断をしな ければならなくなることはよくあることだと思います。...
仕事で挑戦を諦めないために-新たな事業への挑戦経験から-サラリーマンが新たな事業や仕事に挑戦する、もしくは新たな世界に飛び込んでいこうとするとき、何が支障になるでしょうか。 いろいろ支障...

事例 その1 基本条件を明確にすることで判断の間違いを回避

私が人工の池を建設する工事に参画した時の経験です。現場の課長を務めており、現場の工事の責任者を務めていました。

人工池の構築も完了し、水を貯め始めたときに、ある個所から水が漏れる事故が発生しました。池の水を抜き、原因箇所の調査をすると、一部に損傷が見られたことから、その部分を補強し、再度水を貯め始めました。

しかし、その対策は報われず、前回と同じ個所で、やはり欠陥が認められました。

この対策として2案が考えられ、一つの案は、建設所の上層部が考えている案で、何とか工期に間に合わせようとするものでした。

しかし、この案では、再度、同じトラブルが起こることも考えられたことから、我々現場サイドの人間は、第2案として、工期を延期してでも入念な調査を行い、確実にトラブルに対応することを訴えました。

議論が続きましたが、水をしっかりためるという基本方針を貫くことを上層部に理解してもらい、第2案を進めることになりました。

再度の補強工事も終わり、水を貯め始めましたが、その後はトラブルを起こすことなく、人工池に水を一杯にすることができました。

全体プロジェクトへの影響についても、所長以下で関係者との綿密な調整を行うことで、最小限の影響で収めることができました。

安易に工期を守るためといった強硬意見にとらわれることなく、しっかりした構造物をつくるという基本を断固として守り、工事を完成することできた、判断の難しさを学んだ経験でした。 

事例 その2 関係部署のネガティブ発言が挑戦を諦めさせる

この事例は、私が、ある会社の子会社のコンサルティング会社の社長を務めており、海外事業部門で新たなプロジェクトの立ち上げに携わっていたときの経験です。

当該プロジェクトは、停滞気味の会社の経営を安定させるうえで期待していた案件でした。

プロジェクトに参画するため、親会社のいろいろな部署との調整のため、関係者を集めた会議を開きました。

何とかそのプロジェクトに着手したい、という我々の提案に対し、多くの関係部署から、当該国のリスクに関する意見や、収支の確かさらしさなどに関し異論が出ました。

一時は、プロジェクトの参加を諦めざるをえない状況でしたが、何とか、議論を続けることで、その日は、結論を出さずに済みました。

プロジェクトへの参加に強い希望を持つ我々は、関係部署を説得するための行動に移りました。

プロジェクトへの応札までに時間がなかったことから、海外事業を担う会社のトップに判断をお願いするとともに、相手国や日本の関係機関からの要請書を取り付けました。

このように準備を整え、否定的な発言をする相手を納得させ、我々が進めようとした事業から撤退することを免れました。

直接プロジェクトを担わない他部署の反対意見で、危うくプロジェクトへの進出を阻まれそうになったものの、断固として会社としての方針を守り抜いたことで、プロジェクトを獲得できた経験です。

まとめ

 ある事業やプロジェクトを任せられたときは、基本的な方針として、明確な目標を設定し、その目標達成に向けて行動を起こします。

仕事が順調に進んでいるときは、周りからの異論などは出ませんが、一旦環境の変化があり、プロジェクトの侵攻に支障が出るようになると、関係個所から、多様な異論が出始めることが多いものです。

事態が上手く回らず、悩んでいるときには、つい、プロジェクトの遂行を諦める気持ちも出てきてしまいがちです。

しかし、このようなときこそ基本方針を貫く強い意思を持ち、迷わず進んでいくことが重要で、そのことで道が開けてくるものだと思います。

ここでは、前に進むことの必要性をお話ししましたが、一方で、環境の変化に対しては柔軟に対応すること、他人の意見で取り入れることがあれば謙虚に取り入れて進めることも、また、大切であると思っています。