上司、リーダーの役割

仕事で挑戦を諦めないために-新たな事業への挑戦経験から-

サラリーマンが新たな事業や仕事に挑戦する、もしくは新たな世界に飛び込んでいこうとするとき、何が支障になるでしょうか。

いろいろ支障となる要因はあると思いますが、今までの経験を通して知ったことをもとに、頭の中で考えすぎて「やっぱりやめておこう」と思ってしまうことが結構あると思います。

また、新たなことをすすめようとした場合、同僚や上司、他部署の関係者の影響が強いこともあります。これらの人に相談すると、過去の経験から「知っていること」を基本に考え「やめておいて方がよい」と、意見されることが多々あります。

このために、せっかくの事業の拡大や、その人にとっての新たな人生の切り開きに挑戦する意欲を失せてしまうことがあります。

では、どうすれば挑戦を諦めずに一歩を踏み出すことができるのでしょうか。

山本周五郎は、その著書で「知っていること」を基にその先を計算し、結局、挑戦することを止め、何もしないという選択をしてしまう人の弱さについて書いています。

私が社長を務め、会社としての新たな事業の拡大を進めていたときに、挑戦する意欲を維持できた経験があります。

ある事業に進出しようとしたとき、頭で考えたリスクのみを発言する他部署の影響で事業が停止するといった危機を迎えました。しかし、やり抜くという意思のもと、相手を何とか説得することで、撤退を免れることができた経験です。

今回は、山本周五郎氏の作品と私の社長経験から「仕事で挑戦しようとしたときに諦めてしまう原因と、いかにそれを乗り切って前に進むか」について紹介します。

「頭で考えているだけ」では挑戦は継続せず

小説“寝ぼけ署長”の中に収録されている“毛骨屋親分”の舞台は、太平洋戦争が終わってすぐの、ある地域の露天街です。

その地域の暴力団、須川組の法外のみかじめ料の取り立てにより、その露天街がどんどん疲弊していってしまいました。

その地域の警察署長として赴任した主人公、五道三省(寝ぼけ署長)は、須川組を抑え込み、疲弊した露天街を復活させることを決心しました。

地域の露天街の店主たちは、須川組のこれまでのやり方を恐れ、自ら立ち上がろうとする気配が見られませんでした。

このため、署長は若手の商店主にはっぱをかけ、須川組との闘いに今こそ立ち上がるべきと、説得するのでした。

署長は厳しい調子で(若い商店主、小栗氏に)続けました、「不正や無法や暴力はどんな土地にもある。

正義が尊ばれるのは人間生活の中でそれが極めて少ないからで、世界は不正や暴力で充満しているんだ、正しい生き方は大なり小なり悪との闘いの上にある、その闘いから逃げることは自分で自分の生存を拒むのと同じだよ、そう思わないか」

———-

(若手商店主、小栗)「それでは署長さんは、私に須川組と闘えと仰しゃるんですか」

「そんなことは云やあしない、他の土地へいったって同じだということ、不当に迫害されて逃げだすような気持ちでは、この世界には生きてゆけないということを注意しただけだ、—–」

(山本 周五郎 寝ぼけ署長より毛骨屋親分)

さらに、須川組との闘いに疑問を抱いている部下に対して、今、闘おうとしたときに、露天街の人たちに何が不足しているのか話すのでした。

その夕方のことでした。いつもなら官舎へ帰る時間なのに、署長は自動車を命じて私と一緒に署を出かけました。

「さっき己(おれ)が小栗という青年に云ったことを、君は大人げないと思ったらしいな」

車が走り出すと間もなく署長はこう云いました、

「いやわかっているよ、たしかにそうなんだ、露天街の人たちが須川組の不法を泣きの涙で忍んでいるのは、勇気が無いからではなくて力の比例を知っているからだ、須川組の持っている暴力に正面から敵対することが、いかに愚かであるかということを知っているからだ、

——然し「知っている」この「知っている」ということが問題なんだ、実際には力をもちながら。頭だけで計算して投げてしまう、これが人間を無力にするもっとも大きな原因だ

(山本 周五郎 寝ぼけ署長内、毛骨屋親分)

何か事をなすとき、頭だけで考えて、結局、無理だと思ってやめてしまうことは、サラリーマン生活でもよくあることだと思います。

また、上司やよその部署が、ちょっかいを出してきて、せっかく取り掛かろうとしたチームの意欲をそぐこともあります。

他部署のネガティブ発言が挑戦をあきらめさせる

現状を変えていこうとするときになかなか前に進めることが出来ない状況に陥ることを経験した人も多いかと思います。

これは、私が、土木建築関係のコンサルティング会社の社長を務めており、海外事業部門で新たなプロジェクトの立ち上げに携わっていたときの経験です。

新たなプロジェクトに参画するため、いろいろ関係部署との調整をしていました。意見を聞き、最終的な結論を出すべく、関係者を集めた会議を開きました。

何とかそのプロジェクトに着手したいという、われわれの提案に対し、多くの関係部署から異論が出ました。

「その国には、こういったリスクがあるのを知っていますか」とか「将来、確実に成長するのですか」といった、ネガティブな発言が出ました。多くは、そのプロジェクトに参加する可能性のある関係個所から出たことに私自身はびっくりする思いでした。

結局、その日は、結論は出ませんでした。

時間もなかったことから、その会議以来、海外事業を担う会社のトップに判断をお願いするとともに、相手国や日本の関係機関からの要請書を取り付けました。

このように準備を整え、否定的な発言をする相手を納得させ、我々が進めようとした事業から撤退することを免れました。

直接プロジェクトを担わない他部署の反対意見で、危うくプロジェクトへの進出を阻まれそうになった経験です。

挑戦する意識を強く持つことで阻害要因を打破

前述の経験談は、海外事業を拡大するうえで必要なプロジェクトであったにもかかわらず、どうしても一歩を踏み出そうとしなかった人たちの態度を示しています。

なぜ、その人たちは、一歩を踏み出そうとしなかったのでしょうか。

ネガティブな発言をした人たちの中の多くに、海外に出て何かトラブルに遭遇した時の責任が自分に降りかかることを恐れる気持ちがあったのではと思っています。

そのことを直接言うわけにいかず、いろいろプロジェクトを止めるための理由を考えだし、発言していたのだと思います。

少しその国ことを知っている、もしくは少し海外事業のことを知っているというだけで、リスクを恐れ、前にすすむことより、何もしない現状を選択していたわけです。

寝ぼけ署長の語る「知っている」ことが、新たな事業のリスクばかりに頭を向かわせ、結局、何もしないことに結論がいってしまい、事業の撤退を余儀なくされるところでした。

しかし、海外事業の展開は我々の会社にとっては、今後の成長には欠かせないものであり、撤退という、意見に屈するわけにはいきませんでした。

このため、説得に時間をかけ、最終的には、こちらの意見が通り、事業を推進することができました。

否定的な意見で事業が止まってしまうようなときには、あきらめず、時間をかけてでも相手を納得させることが必要、ということを勉強した経験でした。

まとめ

少し知っているということで、新たな挑戦についてリスクばかりが頭を駆け巡り、結局、何事もなさず、成長の機会を失ってしまう事例は多々あることと思います。

特に、現状に満足している組織ではそのようなことが起きる可能性が高いようです。

物事は、一歩前に足を踏み出さなければわからないことばかりだと思います。そこで発生した課題を解決していくことで、人は成長し、成果もられるのではと思います。

寝ぼけ署長のいう、「「知っている」ということが問題なんだ、実際には力をもちながら。頭だけで計算して投げてしまう、これが人間を無力にするもっとも大きな原因だ

を頭において、仕事を進めていく必要があると強く思っています。

そして、このように頭だけで考えて、一歩を踏み出さない人に相対したときは、発言を覆すだけの努力をして説得する必要があります。