今の状況に不安があるとき

一人の力の限界と人の支えを知る-アーチダムに学ぶ-

会社で重要な仕事を任せられたり、事業を新たに始めようとしたりするとき、いくら自分に自信があり、能力があったとしても、一人でできることは限られており、事を成し遂げられないことが多くあります。

多くの人の助けがあってはじめて事は完成するし、自分の思いを成し遂げられるのだと思います。

山本周五郎は、小説「さぶ」の中で、強く多くの人の助けが大切であることを書いています。

また、わたし自身、土木屋として、ダム建設に従事した経験から、昔視察したアーチダムが、完成前に大洪水を受けたにもかかわらず、その荷重に耐え、持ちこたえた実績があることに、人が何か重要な事をなすとときに必要なことを学んだ経験があります。

個々のコンクリートのブロックが、一体となった働くことの強さから、支え合うことの大切さを学んだものです。

今回は、山本周五郎の作品とアーチダムの強さの秘密から「一人の人の力の限界と、人の支えを知ることの大切さ」を紹介します。

自分の限界を知り、人の支えのあることを知ることの大切さ

以前にも紹介しましたが、山本周五郎作の江戸時代「さぶ」から一節を紹介します。

表具店で働いていた主人公栄二は、濡れ衣を着せられ、人足寄場に送られました。そこでの生活が数年続きましたが、その間の栄二の献身的な行動が認められ、寄場を出ることが出来、改めて、本業の表具店を開業しました。

しばらくたち店が落ち着いてから、飲み屋の主人で幼馴染のおのぶと一杯やりながら話をしていたときのことです。

栄二には幼い時から一緒に技術を磨いてきたさぶという友人がいました。さぶは誠実ではあるが、どちらかというと愚鈍なところがありました。そのようなこともあり、栄二は店を持ったことで自信を持ち、「これからは自分がさぶを養っていくつもりだ」とおのぶに語りました。

すると、その思い上がりの態度を見、おのぶはきつく栄二をたしなめるのでした。

おのぶは静かに首を振った、「とんでもない、冗談でしょ、人間が人間を養うなんて、とんでもない思いあがりだわ、栄さんが職人として立ってゆくには、幾人か幾十人かの者が陰で力をかしているからよ、—–さぶちゃんはよく云ったでしょ、おれは能なしのぐずだって、けれどもさぶちゃんの仕込んだ糊がなければ、栄さんの仕事だって思うようにはいかないでしょ」

さぶの仕込んだ糊は、決して誰にもひけはとらない、芳古堂(表具店)でも右に出る者はなかった筈だ」

おのぶの話を聞き、栄二は、自分の思い上がりと、人に支えられて今の自分がいることを改めて思うのでした。

出典:山本周五郎著 さぶ

一人で何でもできるという思い上がりの限界を知り、人の支えがあってはじめて、ことをなすことができるという、この「さぶ」の話は、我々サラリーマンにも当てはまる事例だと思います。

一人ひとりが支え合ったて初めて力を発揮-アーチダムに学ぶ― 

画像引用:LINEトラベルjp

10 年ほど前に、電源開発が昭和 30 年代に開発した熊野川水系北山川の水力発電用の坂本ダムを見る機会がありました。

このダムは、明治以降、多くの土木構造物を外国人技師の支援を得て構築していた中で、外国人技師の技術支援なしに、始めて日本人が自らの技術力で構築したアーチダムといことで、教科書的なダムとなっています。

既に、そのときで50年経過していましたが、アーチダムの背面にはほとんどクラックも見られず、きれいなコンクリート肌が陽に当たっていました。

アーチダムは、自らの重さで水圧に耐える重力式ダムと異なり、湛水に伴い作用する水 圧をコンクリート壁で受け、その力をアーチの作用で両側の堅硬な岩盤に伝えることでダムの安全を確保する構造となっています。

このため、ダム厚が薄くなり、また、アーチ形状がなす美しさから、ダムの建設に関わる技術者が手がけてみたいダム形式のひとつといわれてきました。

災害時にも個々のブロックが支え合うことで難局を乗り切る

坂本ダムは、現在立派な姿を残していますが、建設当時に大洪水に遭遇し、未完成の状態で洪水がダムの上を越得てしまう事態に遭遇しました。

コンクリートダムの建設では、コンクリート打設(コンクリートを型枠内に流し込むこ と)後にそのコンクリートが発熱し膨張することから、その膨張の影響を緩和するため、10 数ブロックの単位で横方向に区切りをつけ、ブロック単位でコンクリートを立ち上げていきます。

アーチダムの場合も同様で、ブロックごとに立ち上げていき、全ブロックが立ち上がっ た段階で、コンクリートが一番収縮する真冬に、各ブロックの間の隙間に高圧でセメントミルクを注入し、各ブロックをつなぎ合わせ一体化を図ります。

ブロック間の処理が終わってはじめて、水圧をダム全体で受け、両側の岩盤に伝えることが可能となります。

坂本ダムは、このブロックをつなぎ合わせる処理が完成していない工事中に設計水位を超える水圧を受けましたが、ダムは何の問題もなかったとのことです。

これは、洪水の時期が夏場であったことから、各ブロックのコンクリートが膨張し、つなぎ合わせの処理なしでも、各ブロックが一体となって洪水時の水圧に耐えることが出来たものと考えられています。

まさに、各ブロックがしっかり連結し、支え合うことで、洪水時に作用した水圧をダム全体で受けることが出来たのでした。

紹介した事例は、アーチダムという土木構造物ですが、一人ひとりの力には限界があったとしても、人が連携することで、大きな力を発揮できるということを示してくれている事例だと思います。

まとめ

山本周五郎は、小説「さぶ」の中で、店を構えた栄二の驕る姿を見た友達が語る言葉の中に、人は一人では生きていけず、多くの人の支えが必ずあることを紹介しています。

また、難しい局面では、一人だけの能力では耐え切れない状況になってしまいがちですが、周りの支えがあれば、その難局も乗り切れるということを、私が見学したアーチダムが物語ってくれていると思います。

大きな仕事をするとき、自分一人でと思うと、なかなかに手が出ないことがあります。一人の力には限界があり、人は助け合うものということを理解して取り組むことで、まず一歩を踏み出すことができ、また、大きな成果を上げることができるものと思います。