能力を高めたいとき

基礎力を身につけて能力を磨く

私がワシントンDCに駐在しているときに、柔道家、山下泰裕氏、プロ野球の王貞治氏、演劇界の仲代達也氏の話を直接聞くことがありました。

皆さん、それぞれの分野で一流といわれる方ですが、一様に話されることで、教訓になったことがあります。

それは、高い目標を立て、それを成就するためには、しっかりと能力を磨く必要があり、そのためには、基礎力を身につけることが大切ということでした。

さらに、基礎をしっかりしたうえで、常に前向きに目標を見据えて、途中の成果に満足しないこと大切であると話しも、大切な教訓でした。

この基礎力を身につけるということに関しては、作家、今野敏氏も、ある空手道を目指す主人公に、徹底した基礎の練習の必要性を語らせています。

また、土木技術に身を置いてきた私にも、ダムを建設する仕事に従事したときに、構造物の基礎の大切さを味わった経験があります。

今回は、今野氏の作品と、山下泰裕氏の言葉、そして私の経験から基礎力を身につけることの大切さを紹介します。

初心者には徹底した基礎力向上の練習が必要

今野敏氏の小説「虎の道流の門」は、空手道に新たな息吹を入れるため、新たな空手の団体を立ち上げた麻生英次郎と格闘技大会で不敗を誇る南雲凱の二人が主人公です。

麻生英、次郎は新たな空手道を立ち上げ、常勝軍団の総帥として名を広めていきますが、自分が目指す理想と現実の乖離に悩みを深めます。

一方、苦労を重ねた南雲は、格闘技大会で連勝をつづけ、裕福に暮らしますが、その生活に満足できないものを感じています。

そして両者は、その道の頂点を極めるためそれぞれがいろいろ経験する中で対決することになり、最後に感動の結末を迎えます。

ここで紹介する一節は、まだ、麻生英次郎が新しい団体を創設してまだ日が浅いころのことです。

新しい団体を創設した麻生英治郎が、空手の古流の型を追い求め、門下生が増えてきた際に、技術レベルに幅広い差がある師範代から初心者までの門下生に対しどのように指導するか悩んだ場面の一節です。

師範代の高島や寺脇を相手にするときは、当てるつもりで、思い切り突かせた。

そうでなければ、本物の技は身に付かない。

だが、初心者には、まず正確な形を覚えてもらわなければならない

正しい姿勢と正しい動きが身に付かなければ、本物の威力を発揮することができず、結局は遠回りしてしまう。

出典:今野 敏 虎の道 龍の門(上)

 

初心者が技術を磨くためになさねばならないこととして、空手の基礎となる型をまず習熟させることが大切と、麻生は語っています。

柔道家、山下泰裕氏も、高い目標を目指すうえでは、地道に鍛錬を続けることの大切さを語っています。

山下泰裕氏の言葉-高い理想に向け鍛錬を続ける-

ワシントンDCで山下氏の話を聞くことがありました。その話の中で、「一流の選手は、いくつも実績を上げて、もうこれでよいと思うことはないか」という質問が出ました。

それに対する山下氏の答えです。

「我々が行き着きたいところは自分が描いた遙かに 高い理想の姿。その理想に向けて自分を鍛錬していく過程において、途中の実績は関係 ない。後ろを振り向かず、前だけを見て生きてきた。

途中で休んで、周りを見、水を飲 むくらいのことは必要だが、腰を下ろして、良くやった。“よっこいしょ”と言った瞬 間に、引退の時が来ている気がする。」「人は、我々のこれまでを見て、凄い凄いと言っ てくれるが、我々の目標は先にあるだけ。後ろを見ることはない」とも話していました。

基礎を身につける大切さをダム建設で学ぶ

土木技術を学ぶ者が学ぶ大切な一つが、構造物の基礎をいかにしっかり仕上げるかだと思います。

実際、基礎に目が行き届かなかったために、大きなトラブルが発生する可能性もあります。

そういった意味で、人が技術を磨き、その技術をもとに一流のことを成し遂げることと、何十年という単位で、トラブルの無い土木構造物の基礎をしっかり構築することとは、相容れるものがあると思っています。

私が若い時に、地下に排水管を設置する工事の設計と施工管理を担っていた時の経験です。

現場の職場には、いくつもの構造物に従事した技術力を備えたベテランが幾人かいました。それら先輩に現場でよく言われました。

「土木の構造物は出来上がってしまえば外面だけしか見えず、内面に潜む問題をいつしか忘れてしまうので、何の心配もしなくなるが、それが一番心配だ」と。

その先輩が何を言っているのか、最初は良くわかりませんでした。

排水管は、設置後大きな荷重を受けるため、埋設するための基礎についても、入念な設計と施工が要求されました。

このため、設置後に与えられる荷重を考慮した設計をし、その設計に合う条件になっているか、間隔を置いて基礎の状況を調べながら敷設しました。

そのようなことを行いながら、着々と工事を進め、完成を迎え、水を流し始めました。

排水管に水が流され、しばらくすると排水管の一部で設計通りの水を流し切れていないことがわかりました。

調査のため、その部分を掘削し、排水管とその基礎を調べました。

その結果、排水管の一部分が損傷しており、また、その個所の基礎が大きく変形していることも分かりました。

排水管を敷設する際には、基礎の地盤の状況が設計に合っているかどうか、間隔を置いて調査したものの、その調査だけに頼ってしまい、十分、地盤の状況を把握しきれていなかったことが原因と分かりました。

このトラブルに遭遇した時、すぐにあの先輩のいったことを思い出し、基礎をじっくり見、何かリスクが潜んでいないか、もっと入念な調査が必要であったのではと、後悔することしきりでした。

埋めてしまう構造物は、掘削し設置してしまえば、もうその基礎を見ることはできません。

出来あがってしまえば、その基礎がどうであったかということは、外面の仕上がり状態に安心しきってしまい、トンと思い浮かばなくなることが多々あるかと思います。

人が技術を磨くことも、私が経験した土木構造物の基礎をいかにしっかり身につけていくかと同じことと思っています。

土木構造物にかかわらず、何か大きなプロジェクトに携わった時、どれだけそのプロジェクトに潜むリスクを読み取ることができるかは、その分野での基礎力をどれだけ鍛えて身につけられるかにかかっていると思っています。

まとめ

大きな目標を持って、仕事に励んでいくことはサラリーマンにおいてもよくあることだと思います。

このような事態に備え、地道に基礎力を身につける努力を惜しまないことが必要であると、山下泰裕氏は語っています。

また、私も失敗を経験したことから、ことを成し遂げるためには、いかに基礎を大切にするかということを学びました。

一人ひとりに目指すべき目標はあることと思います。ぜひ、一歩一歩着実に自分の能力を鍛えていくことに努力してもらえればと思っています。