どこの職場でも、あの人のいうことなら間違いないとか、あの人がやっていることなら任せておけばよい、と言われる人が少なからずいることと思います。いわゆる、その部門での一流と称される人たちがこのような評価を得ているのだと思います。
仕事で何か問題を解決しようとしたとき、慣習に捕らわれて、考えがおよぶ解決策もこれまでの経験から来るパターンの中に入ってしまい、幅広い視野で物を見ることが出来なくなってしまうことで、解決が遠くなってしまうことがよくあります。
このような状態では、なかなかに一流といわれるまでには至らないと思います。
では、一流といわれるためにはどのようなことに気を付ける必要があるのでしょうか。
今野敏氏はその著書で、ベテランといわれる刑事が、事件に慣れ過ぎることで事件の本筋が見えなくなり、捜査に支障をきたしてしまった事例を示しています。
私も、土木技術者として、ある構造物のトラブルの原因追及に携わったときに、今までのやり方を踏襲したことで解決ができず、技術最高顧問を務める先輩の指導を得て解決した経験があります。
そのときの経験から、今までのやり方から離れた目で物を見る、柔軟性を持つことの大切さを学びました。
今回は、今野敏氏の作品と私の土木技術者としての経験から「仕事をするときには、慣習にとらわれることなく、柔軟性を持って取り組むことが必要」について紹介します。
捜査に慣れ過ぎて変化のある事象に対応できず
今野敏の作品“アンカー”の舞台は、あるテレビ局の報道番組「ニュースイレブン」の報道局の編集室で、ニュースイレブンの記者、布施が主人公です。
布施が嗅ぎ取った事件を編集長の鳩村をはじめキャスター、事件の捜査を担当する警視長の黒田刑事らが、さまざまな思惑を秘めながら事件を解決していきます。
この場面の主人公は、10年前に起きた町田市での殺人事件を再捜査している、警視庁特命捜査対策室の敏腕刑事黒田です。その黒田が、事件の核心に迫る物証に行きついたときのことです。
10年前の事件に関係ありそうな事件が、3件続いて起こっていたことから、それらの事件に関わる犯人の目星を付ける物証を黒田は探していました。
その捜査の中で、それらの事件に共通する事項として、刃物が凶器に使われていることがはっきりしました。
10年前の当時の捜査では、刃物が使われていたことが大きな問題にはなっていませんでした。なぜそのことが、当時の捜査の話題にならなかったのか、黒田の部下である谷口がその疑問を黒田に問いかけるのでした。
「(谷口)河村さん(当時捜査を担当していた刑事)は、凶器については何の疑問ももっていない様子でしたね」
(黒田)「ああ。——ということは、当時の捜査本部でも疑問に思ったやつはいなかったということだろうな。警察官は、そういうことに慣れてしまって、刃物を持ち歩くやつがいても、特別なことと思わなくなってしまいがちだ」
「それって、怖いことですね」
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次第に仕事に慣れ、組織に馴染んでくると、余計な苦労がなくなる、肩に力が入らなくなり、メリハリがつけられるようになる。
だが、同時にそれはどこかで力を抜いているということだ。そして、次第に抜きっぱなしになる恐れがある。
一流の職人は手を抜かない。一流でないものは慣れに甘える。
警察官にも同じようなことが言える。仕事に慣れれば、それなりの眼力が身につく。犯罪のパターンが見えてくるようになる。
慣れ過ぎると、すべてのパターンに当てはめようとする。どちらかというと、そういうタイプのベテランが多い。
いかにも自分は経験豊富で、何もかもお見通しだと言いたげな連中だ。
経験は大切だ。経験からしか学べないものがあることも確かだ。だが同時に、刑事は常に敏感でなければならない。
パターンからはみ出たもの、パターンに馴染まないものに注目しなければならないのだ。仕事に慣れてくると、それがおろそかになりがちだ。
(今野敏著 アンカー)
慣習的な調査、解析では特異現象の原因はつかめず
土木技術者として会社に入り、ダム建設に10数年携わった後に、土木構造物の維持管理にあたる部署に異動になったときの経験です。
ある土木構造部物が、完成から数十年たった時に特異な現象を生じるようになりました。
ちょうど、既設構造物の管理の部署にいた私もその調査に参加することになりました。
完成以来、継続して計測を続けていた計器の測定結果が、その特異現象が生じたころから、それまでと異なった傾向を示し始めました。
その結果に気が付いた我々は、その計測結果に表れた事象を突き止めることができれば、特異な事象を説明できるのではと考えました。
そのような、従来とは異なった計測結果がどういうメカニズムで発生するのか、いくつか仮説を立て、原因解明を目指しました。
調査、解析にあたっては、これまでの既設構造物の安全性を評価する従来方法を踏襲し進めましたが、どのような解析をしても、その計器が示す計測結果をフォローすることができませんでした。
柔軟な考え方を持つ一流技術者からの的確なアドバイス
メカニズムの解明に行き詰まり、我々チーム一同は、この先何を検討すればよいか分からなくなりました。
そして、最後の手段として大先輩であり、多くの土木構造物の建設に関与した、その部門の最高技術者を頼ることにしました。
これまで実施した調査、解析を丹念に説明し1回目の相談が終わりました。
1週間ほど経って、再度その大先輩をたずねたところ、思わぬアドバイスがありました。
それは、計測結果を信用するのではなく、その計測をしている計測器、計測方法がどうなっているか、昔に遡って調べてみる必要があるという話でした。
我々では思いもつかないアドバイスでしたが、それでは、ということで、早速、完成直後からの計器の状況と計測方法を調べてみました。
すると、調査の対象にしていた計測計器が計測結果に変化が現れたときに、ちょうど修理をしていたことが判明しました。
そこで、計器の内部を再度調査すると、部品の一部が正式な位置とはずれていることが分かりました。
この状況で計測すると、正規と違った想定結果になることも分かり、従来と異なった計測結果の原因が計器にあることが分かりました。
教科書に書いてあることや、従来の経験を参考にするという、これまでのやり方を踏襲した、いわゆる慣れた解釈では、とうてい見つけられない原因でした。
従来のやり方に固執せず、柔軟な思考で事象を見ることの大切さを教えてくれた大先輩の眼力に改めて畏怖を感じた経験でした。
まとめ
同じ仕事に長く従事することで仕事に慣れ、眼力が付くことは確かですが、その慣れに親しんでしまうと、それまでのやり方に固執してしまうようになり、今回紹介した事例のような問題が発生します。
仕事に慣れていたり、従来のやりかたに固執していたりすると、幅広い視野で物事を見ることができなくなり、物の本質を見失うことが多々あります。
私が技術的な問題で行き詰っていたときに指導を受けた大先輩のように、一流といわれる技術者なり、専門家は、つねに物事を真摯に見、柔軟性を持った幅広い視野で見つづめることで、その慣れに陥ることを防いできたのだと思います。






